クーデターって、独特のゾクゾクする緊張感がありますよね。
日本を舞台にしたクーデターを扱った映画がありました。
それが「皇帝のいない八月」(1978)。
日本映画の中でもとりわけ強く印象に残っています。
最初に見たのはTV。
偶然後半を見たんですが、インパクト大でした。
その後、レンタルビデオで全編通して見た時は、昭和のベタな感じが気になって70点ぐらいの印象でした。
そして今回、改めて見たんですが、びっくりするぐらい面白かったです。
きっと今の日本では、こんな過激な政治スリラーは作れないでしょうね。
まさに昭和の徒花。
今は埋もれてしまって、知っている人も少なそうです。
そんな映画をレビューします。
(あらすじ)
深夜の国道。不審なトラックを追ったパトカーがマシンガンでハチの巣になる事件が起こる。そこから内閣秘密調査室は自衛隊のクーデターの可能性を察知。自衛隊の刑務部長に調査を命令する。彼が向かったのは、5年前にクーデター未遂を起こした元自衛官の妻となった娘のところだった。その頃、博多発東京行のブルートレイン「さくら」には、武器を隠し持った男たちが次々と乗り込んでいた・・・
とにかく自衛隊のクーデターというテーマが刺激的。
そして、それを阻止しようとする政府直轄の情報組織「内閣秘密調査室」。
公的組織 VS 公的組織の構図が日本の映画っぽくないです。
主人公は二人。
一人はクーデターの首謀者である若き自衛官。渡瀬恒彦さんが演じてます。
もう一人はそれを阻止しようとする高橋悦史さんが演じる内閣秘密調査室長。
普通なら、この手の映画ではクーデター=悪、それを止めようとする情報部=正義ですが、この映画ではそうはなってません。
内閣秘密調査室長は、個人のエゴや利益の渦巻く政府の代理執行人。
国家や正義のためではなく、私利私欲にまみれた政権中枢にいる政治家のために、手段を択ばずにクーデターを闇に葬ろうとします。
どちらもダークヒーローです。
いや、寧ろクーデーターの首謀者の方が、将来の日本を憂いて行動を起こしているだけに、ダークヒーロー度は内閣秘密調査室長の方が強いです。
この手の映画だと「正義の味方」である内閣秘密調査室は「このままだと民間人が犠牲になる。なんとか全員を助ける方法はないのか!?」と悩んで、妙案を思いつくのが鉄板の展開ですよね?
でも、この映画の内閣秘密調査室長は「民間人の犠牲は10%以下です。多少の犠牲はやむを得ないでしょう。総理、決断を」と、あっさりと犠牲仕方なしと判断しちゃうんです。
かなりダークなキャラです。
そもそもこの映画には、一般的な正義の人は出てきません。
クーデター首謀者の妻(吉永小百合さん)と、彼女の元恋人の雑誌記者(山本圭さん)以外は、心にどす黒い闇を持っている人ばかりです。
そしてこの映画の一番の巨悪は、間違いなく政府。
そういう意味では、一見正義に見える側が実は悪だという巣図式は、ガンダムと似てますね。(強引?)
自衛隊のクーデター自体は、それほど派手な戦闘シーンがあるワケではありません。
彼らが暴力を行使することより、彼らを追い詰めて無情に殲滅していく国家権力(政府の命令を受けた自衛隊)の存在の方が恐怖を感じます。
特に山崎務さんが率いるクーデター部隊が、自衛隊に囲まれ、銃撃されるシーンと、それに続く山崎努さんが、クーデター首謀者の渡瀬恒彦さんの前に「説得役」として連れて来られるシーンは、トラウマ級の緊張度の高い展開でした。
毛布にくるまれて、車いすに座った山崎務さんが渡瀬恒彦さんの前に現れます。
二人は無二の親友同士。
横にいる自衛官が山崎務さんに、渡瀬恒彦さんに投降を説得するように命令します。
見つめ合って無言の山崎務さんと渡瀬恒彦さん。
山崎務さんは毛布を振るい落とします。
そこには体中に銃弾を受けて、包帯を巻かれた体が。
無言で頷く山崎務さん。
銃で彼を撃ち、敬礼をしてハイジャックしたブルートレインに乗って去っていく渡瀬恒彦さん・・・
山崎務さんは「自分はもう助からない。お前は投降することはない」ということを目で伝えたんでしょうね。
初めてTVで見た時は、このシーンがショッキング過ぎて、いつまでも忘れらませんでした。
革命を起こそうとする勢力が、国家権力にじわじわと押しつぶされていくのは、マンガ「男組」(1974-1979)のクライマックスに通じるものがあります。
話は冒頭からノンストップで「クーデターを起こそうとする自衛官たちと、それを追う政府」という大筋から、一歩も寄り道することなく、突き進んでいきます。
有名な役者がたくさん出てくるので、それぞれの役者さん毎にいろいろとエピソードを膨らませたくなりそうですが、そこは迷いなく話的に無駄のないようにコンパクトにしています。
(そのため大物俳優なのに、意外と出番や見どころが少ない人が多数います)
最初から最後まで緊張感が途切れることはありません。
正直、政府の悪役ぶりの描き方が、ちょっとステレオタイプであることは否めませんし、同様に登場人物の中には同じくステレオタイプとして描かれてるキャラも散見されますが、2時間20分の枠の中では、あれ以上複雑なものは描けなかったんじゃないでしょうか。
Wikipediaによれば、原作では主人公は雑誌記者で、クーデターの首謀者は脇役だったそうです。
その原作を、主人公を変えて、クーデターを全面に据えた政治スリラーとして仕上げたのは脚本家の力でしょう。
そして救いのないラストシーン。
クーデターを起こした主要な自衛隊員、彼らに肩入れをした政治家は当然抹殺。
クーデター部隊に占拠されたブルートレインに乗った一般の人たち(首謀者の妻とその元恋人等)も犠牲になります。
更に政治家の愛人も殺されます。
最も恐ろしいかったのは政府側でクーデター阻止のために動いていた自衛隊刑務部長。
秘密を洩らされないように、内閣秘密調査室がロボトミー手術で廃人にしてしまうんです。
これでもか、これでもかと観客を追い詰め、見終わった後はかなりダークな気分にさせます。
クーデターは阻止されましたが、気持ちはバッドエンド、敗北感で一杯になります。
昭和の時代は、政治スリラーは「政府には敵わない」「理想が実現することはない」「人には理不尽なことが起こる」というバッドエンドがリアルとされ、ウケてました。
だからこの後味の悪さは、まさに昭和の政治スリラーの王道です。
この映画と「ブルークリスマス」(1978)が個人的な昭和の政治スリラーの二大傑作だと思ってます。
同じ年に作られて、見終わった後のどよ~んとした気持ちも同じです。
pagutaro-yokohama55.hatenablog.com
今の時代は、こんな徹底したバッドエンドの映画にメジャーな映画会社はGOサインを出さないでしょうね。
この映画の登場人物は、誰もが一癖も二癖もある人間臭いキャラばかり。
それを豪華な俳優陣が演じています。
それもただ豪華というだけでなく、適材適所で、みなさん芸達者。
その中でも渡瀬恒彦さんのクーデターを主導する元自衛官は、かっこ良かったです。
最初は後姿しか見せず、奥さんが会いに来た時に初めて顔を映すんですが、それまでテキパキと命令を出してた姿とはうって変わって、静かに優しい表情をするんですよ。
このシーンだけで彼に引き込まれちゃいます。
この映画にはお兄さん(渡哲也さん)の代役として出演したそうですが、全く代役感はありません。というより、この役は渡哲也さんより、絶対に合っています。
そして彼を追い詰める内閣秘密調査室長には高橋悦史さん。
とってもスマートで、表面上は人当たりが良さそうに見えますが、やること全て計算づくで冷酷。政治のことも隅から隅まで分かってる、食えない男をふてぶてしく演じてました。
クーデター首謀者の妻絵を演じる吉永小百合さんは文句なく可愛いです。
ってか、今さらながらこんなに可愛い人だったんだと感激。
特に洋服姿がとにかく可愛いく、サユリストの気持ちが良く分かりました。
また吉永小百合さんと、彼女の元恋人の雑誌記者(山本圭さん)のやり取りが、この映画の中で数少ない個人レベルのドラマであり、アクセントになってました。
そう言えば「ブルークリスマス」の竹下景子さんも凄く可愛かったです。
政治スリラーは女性を可愛く見せるんでしょうか。(根拠なし)
他にも山本圭さんや、山崎務さん、佐分利信さん、滝沢修さん、丹波哲郎さんと多くの俳優が、観客が求めるイメージを上手く表現してました。
そんな豪華俳優陣の中で一際印象深かったのは、自衛隊刑務部長を演じた三國連太郎さん。
前半はクーデターを阻止するためなら、娘も利用し、上官でも平気で拷問する非情の男を鬼気迫る演技を見せ、後半はハイジャックされたブルートレインに乗っている娘を何とか助けようと奔走する情の男を見事に演じ分けてました。
だからこそ、ラストの廃人となったシーンは本当に衝撃です。
もう自衛隊のクーデターなんて、刺激的なテーマで映画が作られることはないでしょう。
ただ憲法改正議論が出てきている今、見直されてもいい映画なのかもしれません。
同じくクーデターを舞台とした昭和の日本映画に「戒厳令の夜」(1980)というのがあって、これももう一度見たいのですが、一度もDVD化されていない難視聴映画なのが残念です。
最後に「皇帝のいない八月」というのは、劇中でのクーデター作戦の名前です。
DVDは廉価版とはいきませんが、そこそこ手軽に入手出来ます。