パグ太郎の<昭和の妖しい映画目撃者>

昭和の映画目撃談&時々その他いろいろ

【ロボコップ】ブラックユーモア全開のアメリカ製ロボット刑事

ロボコップ(1987制作/1988日本公開)。

 

とっても位置付けに難しい映画です。

マニアックな映画というほどマイナーではなく、むしろみんなが知ってる映画。

でも同じ頃のSF映画ブレードランナー」(1982)のような名作とか、完成度の高い作品という評価でもありません。

 

ビミョーな作品というのが、個人的な印象。

 

公開前に、初めてロボコップのデザインを見た時も「カッコ悪いとは、言わないけど・・・」でした。

 

そんな映画をレビューします!!!

 

(あらすじ)

デトロイト警察の運営を任されてるオムニ社は、悪化の一途をたどる治安回復のため、新たなロボット警官を開発しようとしていたが、そのためにはロボット警官になる、人間が必要だった。同じ頃、正義感が強く、家族想いの警官である主人公は、配属された署で早速パトロールに出て、テロリストたちに遭遇。相手を追い詰めるものの、返り討ちにあい、瀕死の重傷を負ってしまう。そんな彼の存在を知ったオムニ社は、彼の記憶を全て消去し、「ロボコップ」にするのだが・・・


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一言で言えば「イロモノ」

だって、この映画には何一つカッコいいところはありません。

 

日本の宇宙刑事シリーズを意識したというロボコップのデザインも、ピンときません。

(実際に宇宙刑事シリーズをデザインした村上克己氏に許諾を取ってます)

 

きっとフェラーリランボルギーニが幅を利かせたスーバーカーブームの時代に、当時のアメリカ車を見るような感覚でしょうか。

分かります?

ロボコップ_パンフレット

デザインをしたのはロブ・ボッティンという有名な特殊メイクアップアーティスト。

元々、モンスター系の特殊メイクを得意分野としていて、代表作は「ハウリング」(1981)、「遊星からの物体X」(1982)。

 

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なのにこの作品では、メカをデザインしろ!って言われて、かなり苦労した模様。

「苦労して、これかーー」というデザインです。

 

ちなみに敵のメカもスタイリッシュ度ゼロ

テロリストが持ち出す、ロボコップを倒すための強力な銃なんて、小学生のメカマニアがデザインした、「いかにも強そうなデカい銃」

頭悪い感じで、センスを感じません。

 

でもね、実はワザとカッコよくないデザインにしてるんじゃないかって疑ってます。

 

何故か?

 

それはこの映画の監督が、ポール・ヴァンホーヘンだから。

この人、どうやら意図的に物事を「カッコよく描かない」「グロく見せる」というのを作風にしているようです。

 

勿論、その志向(?)は話や演出にも徹底されてます。

とにかくカッコいい人やカッコいいと思えるシーンが出てきません。

 

主人公マーフィーは家族思いの正義感で、拳銃の扱いも様になってるんですが、あっという間に殺されて、記憶も感情もないロボコップにされちゃいます。

その後は「あれ、この家見たことがあるぞ」「あれ、俺って誰だっけ?人間だったような?」と、薄らとした記憶に悩み、やられる時はボッコボコにやられます。

 

見終わった後にロボコップで印象に残るのは、この二つばかり。

 

クライマックスなんて、マスクが取れて、生身の顔がむき出し(でも後ろ半分は機械)という、ちょっと不気味な出で立ち。

木城ゆきと先生のマンガ「銃夢」に出てくるサイボーグみたいです。

ロボコップ_マーフィー

そんなワケで、ロボコップがカッコよく見えるシーンはほぼ皆無。

 

そもそも正義信に溢れて、悪を颯爽と倒すっていうより、「悪を倒すようにプログラムされてるから、倒してる」感じが強くて、ヒーローっぽくないんですよね。

 

悪人もみんなどこか間抜け。

 

トイレで上司の悪口を言ってたら、後ろから上司が現れ、おしっこの途中でチャックを上げて、ズボンを濡らしながら去っていく重役のシーンなんて、ギャグです。

 

全体的に笑うとこなんだか、真面目に見るところなんだか迷うようなシーンが次々と出てきます。

 

その最たるものが、劇中のTVで流れるニュースやCM。

 

いきなり冒頭で「ブレトリア(南アフリカの首都)で反核運動の暴動が起こっており、白人軍政府は最終手段としてフランス製の中性子爆弾の使用を発表」というニュースと、続いて「当院でヤマハのスポーツ人工心臓を是非お試し下さい!保証付き、ローン有」という病院のCM。

 

時代は大企業が行政の委託で警察の運営を行っている近未来。

大企業の効率化のせいで、警察機能が十分に機能せず治安が最悪となっているデトロイト

デトロイトは実に街が廃れて治安が悪化しているので、「将来ありそうな」話です。

要はディストピア系SFなんですね。

 

そのディストピアぶりを、劇中のCMやニュースでを観客に理解させる手法は、ブラックだけど有効でした。

 

ヴァンホーヘン監督は、「スターシップ・トゥルーパーズ」(1997)でも政府発表の放送で同じようなブラックな演出をして、地球軍が腐ってることを暗示してました。

この手法、好きなんですね~

(僕も嫌いじゃないけど)

 

カッコよかったのは、ラストで名前を聞かれて「マーフィー」って答えるとこだけでしょうか。

 

ただ、かなり期待を裏切るというか、そういうレベルではなく、ポスターから想像された映画とは全く別物。

 

監督の「ほら、お前らが勝手に期待したものとは全然違うだろ?残念でした~」っていう、嫌がらせのような、ニヤリとした顔が見える気がします。

 

ちなみにヒロインとして、僕が贔屓にしているナンシー・アレンが出演しています。

行動力のある同僚警官の役なんですが、割と似合ってます。

でも、やっぱり「殺しドレス」(1980)、「フィラデルフィア・エクスペリメント」(1984)の彼女の可愛さには敵いません。

 

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先入観をとっぱらって見れば、深みはないものの、実は展開は意外にまっとう、というか王道で、コンパクトにまとまってます。

悪者は悪者として描かれている勧善懲悪ものなので、なーんにも考えずに見ていても、分かり易いし、飽きません。

まぁ、SFを題材にした、ブラックユーモアに溢れた映画と思えば納得です。

だから、ワザとカッコイイを避けたのではないかと思うんですね。

一流を感じさせる要素はありませんが、間違いなく印象には残る映画です。

 

この映画は、2014年にリメイクされ、ロボコップのデザインも黒を基調としたカッコイイものに変えられてました。

でも、作品は全く記憶に残らないダメ映画だった覚えがあります。

やっぱりカッコイイだけではダメなんですね・・・

 

最後にロボコップと言えば、当時、吹越満さんがロボコップをネタにした芸を披露してました。あれは面白かったです。

 


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DVDはお手頃な値段で入手できるようです。

 

 

【ゴーストバスターズ】初公開時の時のガッカリは何だったんだろう?テンポよくコンパクトにまとめられたコメディ

封切時に見た時は、かなりガッカリした映画として記憶されてるゴーストバスターズ(1984)

1985年の正月映画はこの映画と、「グレムリン」(1984)と「ゴジラ」(1984)というSF/ファンタジー映画が目玉でした。

当時購読していたSF雑誌スターログでも、この映画と「グレムリン」は、公開前から何度も取り上げられていたこともあって、特撮が凄いホラーコメディ大作だっていうイメージが出来てたんです。

 

でも映画館から出た時は「あれ?」って感じ。

悪い出来ではないけど、期待値以下。

大作かと思ったら、軽い娯楽作だったなー、そんな印象でした。

そんな記憶もあって、二回目見たいという食指が全く動かず、初公開から40年間、テレビ放映時に片手間でチョロ見する程度でしか見返したことがありませんでした。

 

しかし最近見直して思いの外面白かった「パラダイス・アーミー」(1981)が、この映画と同じスタッフとキャストだったので、今回見直してみることにしました。

 

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(あらすじ)

大学で怪しげな超常現象を研究しているボンクラ3人組。大学から追い出されてしまったことをキッカケに、お化け退治の会社を立ち上げる。これが見事にハマり大盛況に。そこに超常現象に悩まされる美女から依頼が来た。実は彼女に取り付こうとしているのは、復活を企む大魔神だった・・・


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見終わった後の感想は「当時の僕の期待値が異常に高かったんだろうな~」ということ。

だって普通に面白かったから。

 

本当に普通に丁寧に作ったライトコメディでした。

ノリはまさに「パラダイス・アーミー」と一緒。

とっぴもない笑いはないんですよ。

見ている方が予想出来る展開ばっかりと言っても過言ではありません。

でも、それでいいんです。

これは町の食堂の定番定食と同じ、期待したものを期待した通りに出してくれる映画。

だから公開時の失敗は、街の定食屋に、ミシュラン星3つのフレンチレストランを期待した僕に問題があったってことです。

 

ちょこちょこ伏線を張りながら(といってもコメディなので、観客にはこれ、伏線になるな!っバレバレなんですけどね)、役所の横やりや、変な恋愛劇を交えるという小ネタを絡ませながら話は進んでいきます。

 

それでも物語はちゃんと魔王復活というハラハラさせる部分は失わずに進んでいくんです。

 

この手のコメディ映画って、幹となるプロットを如何に生かしながらギャグを作っていくか、が命だと思うんです。

この映画だと魔王復活。

この復活劇が同時に進んでいくんですね。

このメインプロットは外しません。

ネタは、あくまでもこのメインプロットのためにキャラを引き立たせるものばかり。

 

これが本筋とは関係ないネタばっかりだと、映画としてとっても散漫になっちゃうし、一本の映画としての魅力がなくなっちゃいます。

失敗の典型例が、このブログでもレビューした「ホリデーロード4000キロ」(1983)。

 

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ちなみに「ホリデーロード4000キロ」の監督は、この映画の脚本・主演のハロルド・ライミス。どこで間違っちゃったんだろ?

 

ラストのマシュマロマンは馬鹿馬鹿しいけど、インパクトはあります。

映画見終わったあとに、頭に残るという意味では正解でした。

 

勿論、歴史に残る大作でも、超豪華作品でも、スーパーな傑作でもありません。

でも見終わって、素直に「あー、楽しかった」と言える映画でした。

 

きっとこの映画を嫌いになる人は少ないんじゃないでしょうか。

 

さて、この映画の魅力の一つは適材適所の配役。

主演の3人組ビル・マーレイダン・エイクロイド、ハロルド・ライミスの組み合わせがいいですね。

ビル・マーレイは「パラダイス・アーミー」と同じ真面目の欠片もない、ボンクラのお調子者。

彼が真面目になる時は、裏で良からぬことを企んでいるか、物語のクライマックスか、のどちらか。

 

この映画の共同脚本家でもあるダン・エイクロイド真面目だけど、なんか調子が外れちゃうドジ男

でも最後にはシャキっとするのは彼の得意な役で、「大逆転」(1983)の大富豪も似たような役でした。

大傑作「ブルース・ブラザーズ」(1980)の主人公とはまた違った味わいがあります。

この人は「ブルース・ブラザース」の脚本も手掛けており、優れたコメディ脚本家でもあります。

 

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もう一人の脚本家も兼ねるハロルド・ライミスは真面目なんだか、不真面目なんだか、最後まで分からない、沈着冷静なキャラ

こちらも「パラダイス・アーミー」でも役柄に似てます。

僕は個人的には彼のキャラが好きなんですが、彼の本業は監督/脚本なので、こんなにキャラが立ってるのに、実は出演作があまり多くありません。

 

そんなドジで変人という共通点がありながら、3人それぞれが個性的に見えるキャスティングだったと思います。

ゴーストバスターズ_パンフレット表紙

ヒロインを演じるのは、「エイリアン」シリーズのリプリー姉さんこと、シガニー・ウィーバー

ビル・マーレイの強引な口説きをかわしつつ、最後はどこか許してる余裕のある、気の強いキャリアウーマンがピッタリ。これもナイスキャスティングです。

 

そして最後は、僕が勝手に「自分のダメさ加減に全く気が付かないダメ男を演じたら80年代随一」とリック・モラニス。

もう観客が期待するベタな展開を、ちゃんとベタな感じで演じて笑わせてくれます。登場人物の中で、一番直接的にコメディを感じさせるキャラで、僕は大好き。

 

 

ゴーストバスターズ」と言えば、レイ・パーカーJrが歌った主題歌が、バカみたいにヒットしました。

まさに80年代を代表する一曲。

(でも、僕はあまり好きではないんですが)

 

Ghostbusters

Ghostbusters

  • レイ・パーカー・ジュニア
  • サウンドトラック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

ちなみに、この曲は盗作騒ぎになっています。

盗作された!と訴えたのか、やはり当時大人気を誇っていたヒューイ・ルイス。

バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985)の主題歌「パワー・オブ・ラブ」(全米1位)で有名ですね。

彼が「ゴーストバスターズ」より半年前に出した「アイ・ウォント・ア・ニュードラッグ」が下敷きになってるとか。

 

I Want a New Drug (Single Edit)

I Want a New Drug (Single Edit)

  • ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

確かに似てるかも。

Wikipediaによれば、映画の製作者が、本当は主題歌に「アイ・ウォント・ア・ニュードラッグ」を使いたかったんだけど、ヒューイ・ルイスに断られたから、レイ・パーカーに似た曲を依頼したんだとか。

本当なら、それは盗作って言われますよね。

 

新品のDVDはお手軽な値段で手に入るようです。

【ファンタズム】新感覚ホラー?侵略物SF?それとも思い込みの激しい少年の妄想?

公開当時、新感覚のホラー映画として宣伝された「ファンタズム」(1979)

SF/ホラー映画にどっぷりつかっていた当時の僕は、当然劇場に足を運びました。

場所は今も昭和の繁華街・柳ヶ瀬で唯一、昭和の時代から生き残っているロイヤル劇場。(今は名画座

同時上映はいしいひさいち先生のマンガをアニメ化した「がんばれ!!タブチくん!!」(1979)

凄い組み合わせでしょ?さすが、昭和の地方二本立て。

 

実は数年前、40年ぶりに見たんですよ。

その時の感想は公開当時と同じく、「分かったような、分からないような映画」でした。

さて三回目はどうでしょうか?

 

(あらすじ)

主人公は、兄の友人の葬式を盗み見した時、葬式後に不気味な男”トールマン”が、200キロもある棺を乱雑に霊柩車に投げ込むのを見てしまう。

その怪しい行動を不審に思った彼は、トールマンのいる霊廟に忍び込み、そこで空中を滑空する殺人球体シルバーボールに襲われる・・・


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この映画、個性はあります。

不気味な背の高い男(トールマン)、謎の小人、空中を滑空する殺人ボール「シルバーボール」、白を基調としたシンプルな霊廟の内部、といったインパクトのあるビジュアルイメージ。

幽霊とかゾンビとかではない、ファンタジー要素の強いホラーセンスはなかなか良いと思います。

 

特にシルバーボールのインパクトは相当なものがありました。


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でも面白いか、面白くないかと言われたら、相当にビミョー。

 

何でかというと、話がそういう要素を上手に生かせてません。

というか、素晴らしいビジュアルイメージを繋ぐ話やキャラ設定が雑過ぎ

 

話に整合性というか、観客を納得させるような筋立てがないんですよ。

思いついたネタを繋いでみました、という感じにしか見えません。

 

唐突に話が展開したり、唐突に謎が説明されたり、またその説明がすげー思いつきにしか見えなかったり・・・

ダリオ・アルジェント監督の映画に似た匂いがしますが、ダリオ・アルジェント監督の映画が話的にはストレートで分かり易いのに比べ、「ファンタズム」は話が???になります。

というわけで話に魅力が皆無。

 

その最たるものが、登場人物の描写。

主人公のマイク少年はどう考えても偏執狂

年の離れた兄のことが好き過ぎて、いつも彼の後をつけています。

 

ストーカーです。

 

お兄さんが酒場でナンパした女の子とエッチしようとしている姿を、遠くの茂みの中から、双眼鏡で監視しています。

兄を慕ってる、っていうレベル超えてますよね?

 

そんなちょっとアレな感じの少年なので、彼が見たというトールマンやドワーフも、実は彼の幻覚・幻想なんじゃないかって、兄だけじゃなく、見ている僕も思っちゃいます。

しかし暴走する彼は、周りに理解をしてもらおうと努力する気はなく、「俺はあいつらに襲われる」と不安に駆られ、サバイバルナイフを持ち歩くようになります。

 

あれ?これって最近、日本でも起きている事件の犯人の供述と行動に近くないですか?

関係ない人を刺しちゃうんじゃないかって心配です。

 

当然、兄の言うことなんて全然聞かずに、ひたすら暴走するマイク少年。

うーん、これじゃ見ている方が応援する気になれないので、彼がピンチになってもハラハラしません。

 

当然、そんなパラノイア的な主人公の話を兄は信用しません。

(いくら弟でも、女の子とHすることろをのぞかれてたらねー)

が、終盤になって唐突に兄が彼の話を信用し、トレンディエンジェルの斎藤さんのような禿げ方をしている兄の友人レジーも巻き込んで、トールマン退治に霊廟に向かいます。

そこで驚愕の展開が・・・

 

彼らが死体をドワーフ(小人化)していたのは、別の惑星で働かせるためだった!

 

え?

 

これってホラーじゃなくて、侵略物SFだったんですか?

トールマンは宇宙人だったんですか?

 

もし彼らの目的が死体を勝手に小人として生き返らせて、別の惑星で働かせてるだけなら、実害なくないですか?(親族の心情は別として)

 

すったもんだあって、レジーはトールマンに刺されて死亡。

トールマンの本拠地だった霊廟は、光に包まれて消えます。

これって「ロッキー・ホラー・ショー」(1975)のラストでフランクン・フルター城が宇宙へ飛び去ってたのと同じで、正体がバレたから宇宙に帰ったんでしょうか?

 

しかし残されたトールマンはしつこく主人公兄弟を追い回すんですが、300メートルあるという炭鉱の竪穴(70センチ四方ぐらいの四角い穴)に落ちて、THE END。

そんな小さい深さ300メートルの穴ってあるんだっけ?

ちなみに上から蓋をするために落とした岩は、めっちゃ発泡スチロール感満載でした。

 

だが、これがエンディングじゃないんです。

 

場面変わって、何故か死んだはずのレジーがマイク少年と一緒に暖炉の前にいます。

 

「お兄さんが死んだのはトールマンのせいじゃない。交通事故だよ。君は悪夢を見てたんだ」

 

やっぱり兄が好き過ぎた少年の妄想だったのか・・・

夢オチかよ・・・

 

でも、やっぱり最後にトールマンが登場して・・・と、何がなんだか分からない状況でおしまいでした。

 

そんなワケで本当にビジュアルイメージだけの映画といっても過言ではないでしょう。

 

ファンタズム_パンフレット表紙

 

何か残念な話ばかり書きましたが、この映画のテーマ曲は70年代ホラーテイストに溢れた、なかなかの佳曲です。

(ホラー映画じゃないけど)

 

ファンタズム-Phantasm(カバーレコーディング)

ファンタズム-Phantasm(カバーレコーディング)

  • provided courtesy of iTunes

 

さて、70年代のB級映画(ホラー映画)と言えば、日本の映画配給会社のイケイケな宣伝を抜きでは語れません。

 

この映画の配給会社は、70年代のイケイケ映画広告の王様「東宝東和」。

何度、この会社の宣伝に踊らされたことか・・・

このブログでも「メガフォース」(1982)、「サスペリア」(1977)、「キャノンボール」(1981)で、東宝東和パワーについて触れてます。

 

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この映画でも遺憾なく東宝東和パワーが発揮されています。

 

この映画も70年代特有の(?)特集音響効果を売りにしています。

その名も「ビジュラマ」!!!

説明によれば立体音響で、この映画のウリであるシルバーボールが前後左右から飛んでくるように聴こえるそうです。

ファンタズム_ビジュラマ説明(パンフレットから抜粋)

まぁ、「ジェット・ローラーコースター」(1977)のセンサラウンド、「世界が燃えつきる日」(1977)のSOUND360、とありましたから、宣伝手法の流行りものだったんでしょうね・・・

 

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昔のホラー映画には「実際の撮影現場でも、こんな恐ろしいことが・・・」っていうのがよくありました。

出演者や監督が完成直後に急逝したとか、画面に幽霊が映り込んでるとか。

画面に幽霊が映り込んでるっていうのは、「サスペリア」の冒頭でタクシーの運転手の後頭部に男の姿が映っているのが有名です。

でも、あれって監督のダリオ・アルジェント「わざとやったんだよ」って、インタビューで答えてましたね・・・

情報流通の少ない、インターネット以前の世界で使われた、宣伝の常套手段でした。

 

この映画にもそういった宣伝的盛り上げネタがあって、パンフレットにも掲載されてました。

ファンタズム_宣伝ネタ (パンフレットから抜粋)

その中で、「シルバーボールを考案したウィラード・グリーンが撮影中に亡くなったが、不思議なことにシルバーボールの設計図や記録が全て消え失せたため、あれがどう動くかは誰も知らない」とあります。

 

でもね、この映画、続編が4本もあるんですが、どの作品でもシルバーボールは元気に飛んでいます。

これぞ、昭和の宣伝ですね。

 

総論として、どういう角度から見ても、B級映画以外、何物でもありません

それもB級映画の中でも平均ちょい下

 

なのに、この映画、さっきも書きましたが続編が4本作られてるんですよ。

凄いでしょ?

でも安心して下さい。4作目までは、1作目同様にドン・コスカレリの制作、脚本、監督です。5作目だけ監督を別の人に任せてます。

まぁ、彼の超個人的ライフワークってことですね。

ちなみにこのシリーズの主人公は、この話の発端であるマイクではなく、彼の兄の友人であるレジー(禿げたおじさん)です。

でも、なかなか味があって悪くないですよ。

 

DVDも出てますが、お高めです。やっぱりマニア狙いなんでしょうか・・・

 

【喜劇競馬必勝法 大穴勝負】懐かしい昭和の岐阜が見られる人情劇

実家に帰省している時に、地元の名画座・ロイヤル劇場の前で、「岐阜でロケが行われた映画特集」というポスターが貼ってありました。

そこにあったのが「喜劇競馬必勝法 大穴勝負」(1968)

 

自分の出身地「岐阜」がロケ地になるってレア過ぎますよね。

それも世界遺産白川郷や観光地の高山じゃなくって岐阜市です。

その映画には、どうやら今はもう失われた昭和の岐阜の中心地が見られるようです。

まさにその場所の。その時代に子供時代を過ごした僕は気になって仕方ありません。

 

残念ながらその時には既に特集上映は終わっていたんですが、是非いつか見てみたいと思ってました。

 

ロケ地の岐阜目当てなんて、映画の本質からずれてますね(笑)

そんな一本を今回やっと見ました。

 

(あらすじ)

小心者で、競馬好きの詐欺師である主人公が、繊維会社の社長を騙そうと岐阜にやってくる。なかなか社長に会うことが出来ない主人公だったが、競馬場で偶然にも社長と出会い、たまたま予想を当てたことから、競馬の先生と崇められるようになる。その後も競馬の予想を的中させ、社長の信用を得ていく主人公だったが、実は仲良くなった地元で有名な競馬予想屋の娘の助言のお陰だった。

しかし社長からカネを取る話が、遅々として進まないことに業を煮やした詐欺師のボスが自ら乗り込み、まんまと300万円をだまし取る。主人公はその金を競馬で取り戻そうとするが・・・

喜劇競馬必勝法 大穴勝負_ポスター

この映画は「喜劇競馬必勝法」(1967)の続編になりますが、話が続いているワケではありません。

谷啓さん主演、伴淳三郎さんの共演、どこか小心モノの主人公が、カネに困って、ベテラン予想屋の協力を仰いで競馬の大穴を当てにいく、というのアウトラインは前作と似てますが、全然、別の話です。

 

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映画は主人公が電車で岐阜に向かうシーンから始まります。

木曽川を渡って、見えてくるのは笠松競馬場

笠松競馬場って、のちに地方競馬から出たスーパースター、オグリキャップを生んだ競馬場

今はウマ娘 シンデレラグレイ」で有名かもしれません。(同じオグリキャップの話だけど)

笠松競馬場が線路脇に見えるってことは、名古屋鉄道で岐阜に向かってるってことです。

平行して走っている国鉄(死後)ではありません。

 

そして半裸&全裸の女性が、巨大な麻雀パイやトランプのオブジェに絡む、謎のオープニングタイトルになります。

主人公がギャンブル好きってことで、こういう演出になったんでしょう。

当時人気が急上昇していた007シリーズの影響が伺えるオープニングタイトルです。

(007ほどスタイリッシュじゃないけど)

 

このオープニングからして、1作目にはなかった艶っぽい演出が目立ちます。

 

オープニングタイトルが終わると、長良川~岐阜駅の空撮に変わります。

ここで僕は「おおお」となりましたね。

今の岐阜駅は平成に出来た三階建ての近代的な建物になっていますが、ここに映っているのは当然、昔の岐阜駅。

薄暗く、武骨な平屋作りで、改札を抜けると目の前がすぐにホームだったんですよね。懐かしい~。

大学生の時に、趣味で夜行列車に乗って横浜を往復していた時は、まだこの古い駅舎でした。

この映画に出てくる駅舎は1998年に取り壊しになってるんですね。写真を撮っておけばよかった・・・

ちなみに駅前のビル群の中には、今でも昭和の香りをプンプンさせながら残ってるものがあります。

もうすぐ取り壊しの話があるので、昭和マニアの人は是非、早めに見に来て下さい。

 

現在の岐阜駅

 

その後、駅前の問屋街に行くんですが、ここが賑わってます。

今はゴーストタウン化していますが、昭和50年ぐらいまでは繊維の街として問屋街も活気がありました。

こちらも寂れてはいますが、昭和の雰囲気を存分に味わえます。

この問屋街にも取り壊し・再開発の噂があるので、昭和マニアの人は早めに見に来た方がいいと思います。

 

(現在の問屋街)

岐阜問屋街①

岐阜問屋街②

岐阜問屋街③

そして僕的に一番、感動したのは、主人公が金華山に上ると、そこにあった「お買い物は丸物へ」っていう看板。

これ、デパートの宣伝なんですね。

 

丸物というのは戦前から岐阜の繁華街、柳ヶ瀬にあったシンボル的なデパートなんです。

1977年に経営不振から近鉄グループ傘下になり、名前が丸物から岐阜近鉄百貨店に変更。

その岐阜近鉄百貨店も1999年に閉店になり、跡地は中日新聞の(味気ない)ビルになってます。

子供の頃、日曜日になると丸物に連れっていってもらって、親が買い物をしている間、おもちゃ売り場で待ってたのを思い出します。

(おもちゃは見るだけで買ってもらえなかったけど)

 

ちなみに子供の頃、岐阜駅~柳ヶ瀬にかけての中心地には、ダイエージャスコも含めると7つのデパートや大型商業施設がありました。

そして今年(2024)の7月に最後に残った高島屋が閉店します。

デパートがない県としては、6県目になるそうです。

映画館も10軒あり、それ以外にも成人映画館が数件ありましたが、現在は4スクリーンのシネコン名画座、成人映画館がそれぞれ1軒づつです。

寂しい限りです。

(今は郊外に幾つかあるシネコン付き大型ショッピングモールがその代わりになっています)

 

弁護するワケではありませんが、よく他の地方デパートにある「客がほとんどいないガラガラ状態だから閉店する」のではないようです。

反対に最近、高島屋の周りにタワー型マンションがいくつも出来たおかげか、食料品売り場を中心に週末になるとそこそこお客さんが集まってます。

今回、閉店になるのは建物の老朽化と耐震工事だとか。改修には何十億円もかかるそうで、それをどう負担するかが折り合いがつかずに、高島屋が撤退を決めたそうです。残念・・・

 

ただし岐阜アピールの大半はここでほぼ終了

その後は「お、あそこだ!懐かしい」という場面は皆無でした。

ちょっと期待が大きかっただけにガッカリ。

 

閑話休題

 

今作でも主人公を演じるのは谷啓さん。

今回も口八丁手八丁のいい加減な男だけど、どこか憎めない小心者は、谷啓さんの得意とするキャラ。今回もハマってます。

ただ前作のしがないサラリーマンと比べると、今回の詐欺師の方が魅力が薄いかなぁ。

またサラリーマンの方が観客の共感もあったでしょうし。

 

更に今回違うのは、独身で、ナンパしたケーブルカー嬢(競馬予想屋の娘)と恋に落ちるという展開があること。

 

この恋のドタバタも悪くなんですが、やっぱり前作の奥さんに尻に敷かれてる方が、私生活のダメっぷりが出ていて良かったなぁ。

 

伴淳三郎さんは、今回もベテランの競馬予想屋。相変わらず、この人が登場すると画面を一気にさらっていきます。

 

そしてヒロインの競馬予想屋の娘を演じるのは、若き日の十朱幸代さん。

これが可愛いの、なんのって!

年をとっても綺麗な人なんで、若い時だって綺麗なのは当たり前と言えば当たり前なんですが、初めて見る若き日の彼女は新鮮でした。

 

今回は前回のカラっとした喜劇に違い、人情劇の色が強い作りでした。

人情劇っぽくなったのは、主人公の恋愛ドラマ(?)をメインの一つに据えたからでしょう。

それはそれで悪くないんですけど、やっぱり谷啓さんを主演に据えてギャンブルネタをやるなら、爽快な喜劇の方が合っているんじゃないでしょうか。

 

ラストはかなり練られてました。

いざ勝負に出かけて、考え抜いて賭けることを決めた馬は、直前に熱を出して出走中止。さぁ、どうする?っていうハラハラの展開。

これは上手かったですね。

ただラストが「予想は外れたけど、間違えて買った馬券で大当たり」というオチはドラマ的にはありかもしれないけど、僕的にはしっくりきません。

やっぱり伴淳三郎さんの予想屋がちゃんと当てて、さすがプロっていうのが良かったなぁ。

 

今回もオールスター喜劇の体裁となっていますが、出演者の顔ぶれは前作より小ぶりです。

飽きることはありませんが、思いの外面白かった前作を超えられてません。

これは続編の宿命かもしれません。

どんな映画でも、続編っていうのは難しいんですね。

 

今回は半分ぐらい岐阜の観光ガイドになってすみません(笑)

 

現在はDVD、Blu-rayとも廃盤(商品化されたことがない?)になっています。

 

 

【ダラスの熱い日】ケネディ暗殺陰謀論の正当な映画化だけど、何か足りない

子供の頃からケネディ大統領の暗殺は、オズワルドの単独犯ではなく、巨大な反ケネディ派による組織暗殺だった、っていう話はありました。

今でもいろんな人がオズワルド単独犯説には懐疑的で、オリバー・ストーン監督も「JFK」(1991)という映画で単独犯説に疑問を呈してました。

そんなケネディ大統領暗殺を組織的暗殺として取り扱った硬派なドラマが「ダラスの熱い日」(1973制作/1974日本公開)。

タイトルがカッコイイですね。

 

子供の時って陰謀論って大好きじゃないですか。

だから家にあったこの映画のパンフレットを見て、ずーっと気になる映画でした。

そして遂に見ることが出来ました!

 

(あらすじ)

ケネディ大統領の政策がアメリカに危機を招くと危惧する元CIA高官は、石油王などケネディ排除に賛同する実力者たちを集め、ケネディ暗殺を画策する。プロの狙撃手を雇う傍ら、暗殺を政治的狂信者による単独犯行に見せかけるために、リー・ハーヴェイ・オズワルドが容疑者として逮捕されるように仕立てていく・・・


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脚本は反骨の名脚本家ダルトン・トランボ

この人、赤狩りと呼ばれる反共産主義の嵐の中、議会証言を拒否し、ハリウッドを追放された経歴の持ち主。

しかし追放されてる間も、偽名で活動を続け、ロバート・リッチ名義で脚本を書いた「黒い牡牛(1956)」でアカデミー原案賞を獲得しちゃう、凄い人なんです。

 

陰謀を先導する元CIA高官を演じるのはバート・ランカスター

派手さはないものの、身内であろうとケネディ暗殺の障害となる人間は容赦なく排除していく冷徹な主人公を、観客の期待通りに演じています。

 

彼は「ドクター・モローの島」(1977)や「バイオレント・サタデー」(1983)という、とってもB級な娯楽作で悪役を演じてますが、ビスコンティ監督の重厚な文芸作「山猫」(1963)やアルドリッチ監督の硬派な政治サスペンスの佳作「合衆国最後の日」(1977)といった作品の主役もこなせる万能の人です。

 

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その他の主要キャラには渋めの俳優を揃えたり、ヒロイン的な女性を一切登場させない(というか、ほんとんど女性が登場しない)などドキュメンタリータッチを強く意識したと思えるキャスティングです。

 

こういう硬派なキャスティングは、玄人系の映画ファンに好まれるんじゃないんでしょうか。

ダラスの熱い日_パンフレット表紙



有力者たちが政府内の反ケネディ勢力を利用します。

雇われたプロのスナイパー達は、何度も暗殺の訓練を繰り返し、精度を上げていきます。

組織的犯罪だと分からないように、目を付けたオズワルドを単独犯として逮捕されるように仕立ていきます。

ざっくり言えばそんな暗殺の準備をしていく話です。

 

ハイライトは荒野で櫓を組んで、三人の狙撃手が移動する車に乗ったダミーの人形を狙撃しながら、暗殺の手順の修正をしていくところでしょうか。

ここはミッションを粛々と進めていく感じがあって良かったですね。

 

反対にオズワルドのそっくりさんに、反政府や反ケネディ的な行動をさせて、犯行後にいろんな人に「オズワルドはケネディアメリカ政府を嫌っていた。彼なら暗殺をやりかねない」と証言させる下準備をするところも面白いんですが、そっくりさんの行動があまりに大袈裟過ぎて、リアリティがないのがいただけませんでした。

 

最後のケネディの暗殺~逮捕されたオズワルドがジャック・ルビーに殺害されるところをあっさりです。

クレジットでは、不自然な数の証人たちが短い間に亡くなってる、と語られます。

 

ほら、やっぱり組織犯罪でしょ?と仄めかす終わり方は嫌いじゃありません。

 

上映時間は1時間半と短めということもあって、飽きることはありません。

組織犯罪の怖や冷酷さも良く描けてます。

 

でも全体的に食い足りない出来。

面白かったかと言えば「かなりビミョー」。

全体的に淡々とした作りが気になります。

これは作為的な盛り上がりを作ることのない、ドキュメンタリータッチを意識したせいかもしれません。

 

そして何よりも話に起伏がないんです。

この手のスリラーって、バレそうになるとか、止めようとする側との追いつ追われつが話を盛り上げるじゃないですか。

有名なところだと「ジャッカルの日」(1973)の、追い詰めようとするルペル警視と巧妙に逃れていく暗殺者ジャッカルの「直接対決しないけど、ドキドキさせる」展開ですね。

残念ながら、この映画にはそういう緊迫感は全くありません。

だって優秀な主人公が、完璧な計画を立て、それを完璧に準備を進めてくんですから、ヘマなんてありません。

 

そしてラストは作戦が成功することを誰もが知ってるわけですから、意外性が全くないんですよ

 

そもそも冒頭にも書きましたが「ケネディ暗殺は反共産主義の保守層の陰謀!」っていう話は、昔から有名な都市伝説ですよね。

TVの「歴史裏話」系の番組で何度も取り上げられてそうなレベルです。

 

だから僕的には、この映画は「巷の一番有名な噂話を、正当に作ってみました」という印象かな。

 

まぁ、当時はこの陰謀説自体が、世間に広まってなくて新鮮だったのかもしれませんが。

もしそうなら、当時は今とは全然印象が違うんでしょうね。

 

そんな「見るタイミング」の問題を考慮しても、やっぱり起伏の少ない展開は期待以下です。

 

この映画がダルトン・トランボの最後の仕事でした。

最後までダレない作りはさすがだと思わせますが、中途半端感はぬぐえず、最後の余力でやった仕事感があります。

全盛期にこの映画の脚本を書いてたら、どんな作品になってたんでしょう?

 

残念ながら現在はDVD、Blu-ray共に新品では入手困難なようです。

【愛のコリーダ】阿部定は、実は乙女だった?と思わせる問題作

小学生の当時、絶対に見ることは出来ないけど、脳裏にその題名が焼き付けられた映画。

それが大島渚監督の問題作愛のコリーダ(1976)

 

実際にあった「阿部定事件」が題材の日仏合作映画。

ワイセツか芸術かでもめた映画でもあります。

 

監督の大島渚さんは、松竹ヌーベルバーグの旗手の一人として、作家性の強い監督です。

だからこそ、こんな議論が起こったんじゃないでしょうか。

その問題作が今回、横浜シネマリンで上映されたので、早速見に行きました!

 

(あらすじ)

元女郎のさだは、料亭で中居として働き始め、そこで主人の吉の愛人となる。やがて定は店を辞め、宿屋で吉と一緒の生活を始める。さだの愛情はどんどん膨らんでいき、吉もそれを受け止め、二人は愛欲の溺れていく。さだの愛情はやがて、狂気にも似たものになっていく・・・


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子供の時に、エッチ度が高くて、その時は見れなかったけど「大人になったら見るぞ」と心に誓った映画が幾つかあります。(そんなの誓うなよ・・・)

 

「エマニュアル夫人」(1974)、「カリギュラ」(1980)、「フレッシュゴードン」(1974)辺りがそうです。マニアックなところで「ビリティス」(1977)や「窓からローマが見える」(1982)なんていうのもありましたね。

(「フレッシュ・ゴードン」は封切の時に劇場で見ましたが)

 

愛のコリーダ」もそんな映画の一本です。

 

このブログはそういう心に誓った映画を見る旅かもしれません。

 

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今回はこの映画の主演で、横浜出身の藤竜也さんが「高野豆腐店の春」(2023)という映画出演を記念して組まれた特集「藤竜也傑作選」の一本として上演されました。

藤竜也傑作選_ポスター

愛のコリーダ告知

 

横浜シネマリンは今年、大島渚監督の代表作の一本「戦場のメリークリスマス」(1983)を見た映画館でもあります。

まさか1年に2階も大島渚監督の映画を同じ映画館で見るとは思いませんでした。

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この映画って裁判になってるんですよ。

映画自体ではなく、この映画の写真集がわいせつ出版物として起訴されたことで、世間の注目を集めました。(結果は無罪)

その問題の本というのが、僕の実家にあったんですね。

親が買ってきたのではなく、知人から贈ってもらったんです。

小学生だった僕は、見ていいようないけないような感じで中を見ることはありませんでした。

今も実家のどこかにあると思うので、次回帰省したら見てみたいと思ってます。

 

さて、そんな情報もあって、子供の頃から愛のコリーダはエロい映画」という認識は刷り込まれてました。

 

愛のコリーダ修復版_ポスター

その後、「戦場のメリークリスマス」をリアルタイムで劇場で見て、大学生から社会人にかけて映画本を読んだりして、大島渚監督って凄い監督だって知りました。

だからこの映画も「ちょっとエロいシーン多めの文芸作品」だって勝手に思ってました。

 

ちなみに「愛のコリーダ」はNetflixで見ることが出来るんですが、やはりこういう映画は劇場に限ると思い、シネマリンに足を運んだんです。

 

で、結論から言うと、「ずっとヤッてるだけ」の映画でした。

いや、これ誇張ではなく、本当。

それもエッチなシーンが、普通の映画にある「綺麗な。イメージビデオみたいなエッチなシーン」ではなく、「生々しいエッチ」。はっきり言えば、AVよりも生々しいぐらいです。

 

エッチなシーンを見せます、というAV的な作りものっぽさはないんです。

この映画の凄いところは、主人公の二人が、本当に愛し合うが故に、人目をはばからずヤリまくる、って感じが画面からにじみ出ているところ。

だから愛欲に溺れたカップルって実際にこうなんだろうなー、と思わせるものがあるんです。

 

やっぱり、プロデューサーが、愛と性が一体となってるフランスの人だからかな?

(偏見???)

 

主人公のさだは、元女郎の女中で、女好きの遊び人である店の主人に見初められて、二人は恋に落ちるんですね。

普通、こういう設定なら純愛になってならないんですよ。お互いに色欲の百戦錬磨ですから。

でも二人の愛は純愛になってくんですよ。

まるで付き合ったばかりの高校生みたいに、いつもイチャイチャして、いつも一緒にいたくて、いつもエッチしたいみたいな。

 

遊び人の主人も、お手付き程度に思ってたさだとの関係に、どんどんのめり込んでいく。

さだの方も、序盤では落ちぶれた昔の客をあしらう冷酷さを見せながら、主人には乙女のような純愛を傾けていく。

 

しかしいつまでも、どこか遊びに人の軽やかさが抜けない主人に対して、さだはどんどん狂気の世界にずぶずぶとハマっていく。

そして最後は主人を殺してしまう・・・

 

阿部定事件」を世間に知らしめたのは、さだが主人を殺し、その性器を切り取って、4日間の逃亡の間、肌身離さず持っていたことです。

 

でもこの映画は、さだが主人を殺したところで、あっさりと終わります。

有名な逃避行は全く描きません。

大島監督は二人の愛の突き詰め方に興味があっただけで、性器切り取りは愛情表現のクライマックスでしかなかったんでしょう。

だから切り取ったところで終了なんです。

 

ヤッテるだけの映画のはずなのに、この心の変遷が見事に描けてるんですよ。

実話の映画化ということで、リアリティや複雑な人間ドラマを期待しがちですが、ここにはそうものはありません。

無駄なものを徹底してそぎ落として、二人の愛欲だけにフォーカスした映画です。

一部で非現実的なシーン(芸者たちとの乱交や、そこで踊る男等)もありますが、これは、この映画が一種のおとぎ話として作られてるからかもしれません。

 

愛と性を分けて考えたがる(愛を崇高、性は俗)日本より、リアルに愛と性は表裏一体と考える海外の方がウケが良かったのは分かるような気がします。

 

こんなシンプルな話を、エロ中心にグイグイ引っ張っていく演出力は、さすが大島渚監督。

映像も綺麗だし、構図も凝ってるので、格調は高いです。

やっぱり文芸作品だと思いました。(エロだけど)

(ひょっとして未見のベルトリッチ監督作「ラストタンゴ・イン・パリ」(1972)もこんな感じの映画なんだろうか)

 

さて、主人公のさだを演じるのは、松田瑛子さん。

最初、画面に登場した時は、なんか可愛くないなぁ、そんな魅力的なのかなぁ、と思ったんですが、時間が経つにつれて可憐に見えるんですよ。

彼女の可憐な雰囲気が、主人公二人が「好きで好きでたまらない、エッチしたばっかりの高校生カップル」に見えさせてます。

 

その相手役は藤竜也さん。

僕にとっては大好きなTVドラマ「プロハンター」(1981)の元刑事の探偵・水原。

いつも飄々として、軽くて、冗談ばっかり言ってるけど、やる時はやる男。

実はこの映画でも、同じくいつも飄々として、余裕のある男を演じてます。

それでいて、同時にさだとは遊びではない雰囲気を出すのはさすが。

彼が演じる主人は、最後にさだが「首を絞めてもいいか?」という問いに眠気を堪えながら「いいよ。でも苦しいから、やるなら一気にやれよ」っていうのが、冗談なのか、本気なのか分からないところがいいですね。

藤竜也さん演じる主人公は、さだとは違って、ただただ「いつまでも終わらないお祭り」のような関係が良かったんでしょう。そんなちょっとしたすれ違いの雰囲気も良く出ていました。

 

正直、万人向けの映画ではないし、エロに抵抗がある人には全く勧めません。

でも、繰り返しになりますが、映画としては良く出来ています。

話にリアリティはないかもしれませんが、ここに描かれる男女関係はリアルです。

こういう見境のない恋愛を経験したことのある人には、かなり刺さる映画なんじゃないでしょうか。

(自分についてノーコンコメントで)

 

愛のコリーダ」と言えばクインシー・ジョーンズです。

チャズ・ジャンケルという人が1980年に作った曲を、音楽界の大御所クインシー・ジョーンズがアレンジをして1981年に発売。英米でもスマッシュヒットし、日本ではオリコンの年間1位になりました。

実はこの「愛のコリーダ」というタイトルは日本のオリジナルタイトルではなく、原題がこの映画の邦題から取られた「Ai No Corrida」なんです。

 

ちなみにこの映画の原題(フランス語タイトル)は「L'Empire des sens」(官能の帝国)です。

このタイトルもゾクゾクしますね。

 

さて次は「エマニュエル夫人」ですね。(まだそれに拘るか?)

 

DVDはちょい高めで入手出来ます。(18禁なので、ここにはリンクが貼れないみたいです)

 

【爆裂都市 Burst City】未完成という名の完成品

日本の代表的カルト映画の一つ、「爆裂都市 BURST CITY」(1982)。

日本のカルト映画ファンなら、マストアイテムの一つじゃないでしょうか。

 

僕も学生の時に初めて見てから、今回で三回目か四回目ですが、見る度に良さ(?)が分かってきました。

そんな伝説のカルト映画をレビューします!

 

(あらすじ)

架空の都市にあるスラム街。そこでは連夜、暴走族がタイマンのレースを行い、ライブハウスでは、バトルロッカーズとマッドスターリンというバンドが人気を二分していた。その街にサイドカーに乗った謎の兄弟がやってきた。タイマンレースで、バトルロッカーズの運転する車を抜き去った二人は、スラム街のリーダーに面倒を見ることになる。

やがてスラム街に原発を建設することになり、暴力団や政治家が入り込み、スラム街の住人を建設労働者と雇うことになるが、それはスラム街を一掃し、建設用地を確保するための罠だった・・・

 


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この映画を初めて見たのは、大井町にある大井武蔵野館という名画座だったと思います。

この前レビューした「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」(1969)を定期上映してたような映画館なので、昭和時代に神奈川、東京にいたマニアックな映画ファンには思い出深い映画館の一つじゃないでしょうか?

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見たのは多分、1985年ぐらいだと思うんですが、既に「カルトの名作」という評判が確立されてました。

(だからこそ、大井武蔵館で上映してたんでしょうけど)

 

その時の同時上映は、同じ石井聰亙監督の、やはり伝説的なカルト映画「狂い咲きサンダーロード(1980)。

鉄板の組み合わせですね。

 

曖昧な記憶では、手塚真監督の「星くず兄弟の伝説」(1985)も一緒に見たような気もするんですが、さすがに記憶違いな気がします。

(「星くず兄弟の伝説」を大井武蔵野韓で見たのは間違いありません)

 

冒頭で「見る度に良さが分かってきた」と書きました。

嘘じゃないんですよ。

 

でも本音を言うと「初めて見たときは何がいいのかさっぱり分からなかった」んです。

 

名作と言われる意味が全く理解できなかったんです。

 

でも、回を重ねる毎に、話の構造とか、途方もないパワーとか、劇場映画の方程式に当てはまらない、自主映画的な凄さに溢れてることに気づくようになりました。

 

そもそも関東の大学に来るまで、映画=劇場映画で、自主映画に触れる機会なんてゼロ。

厳しい予算や制約の中で、オリジナリティを追求する自主映画的価値観なんて知りもしませんでした。

自主映画の魅力に無縁の世界で生きて来たんです。

 

そんな自主映画の世界を初めて垣間見たのは、大学の映画研究会に入った時です。

同期には、関東の高校出身で、既に自主映画を何本も作ってるだけじゃなく、ぴあフィルムフェスティバルブイブイ言わしてたヤツが何人もいたんです。

同期で顔合わせの時に「お、審査員特別賞取った、○○君だよね」「君こそ、××って作品ですげー絵作りしてた撮影監督の△△じゃん」みたいな会話が・・・

大学に入ってから、映画の世界に入ればいいや、と思ってた僕は、とてもショックでした。既に高校生からどっぷり映画作りをしてる人たちがこんなに身近にいるなんて・・・

ホント、「都会は違う」、「自分は自主映画のことを何も知らなかった」んですね。

 

自主映画なんて、プロの映画の世界への準備期間だと思ってたのは間違いでした。

僕はその時点で何歩も遅れてることを痛感しました。

 

更に凄いことに、映研には、制作費を出してくれるスポンサー(お医者さんだったという噂)がいる先輩もいました。この人は、後にプロの有名監督になったので、スポンサーの見る目があったってことでしょうね。

 

結局、僕は途中で辞めて、バンド活動に行っちゃったんですけど・・・

 

ちょい思い出話に逸れちゃいました。

 

この映画、正直言えば、ショボいところがいっぱいです。

寧ろ「雑なんじゃね?やろうと思えばもっと丁寧に出来るよね?」と思えるところも結構あります。

絵的な優美さとか、美しさとか皆無ですし、洗練された音楽も流れません。

 

架空のスラム街で、ヤクザ、政治家、街に巣食う下層の人々と、そこで若さを爆発させるロックバンドとストリートレーサーたち。

正直、話はあってないようなものだと思います。スラム街に原発を作ろうとする政治家と、それで甘い汁を吸おうとするヤクザ。

ヤクザは住民を原発工事に利用しようとしたり、武装警察は生意気なロックバンドを目の敵にします。

こう書くと、いくつものストーリーが絡み合う、グランドホテル式の重曹的な話に聞こえますが、残念ながらそんな凝った作りではありません。

設定は中二病的なものが多いし、話は結構、淡白で、深みやどんでん返しみたいなものはなし。

要は話なんて画面にパワーを注ぎ込むだけの装置なんじゃないでしょうか。

 

そんな雑さの中で、生で猥雑な「やってやろうじゃねーか」みたいなパワーだけが観客に伝わってくるんですよ。

抽象論じゃなくて、本当にそう感じるんです。

そういうところが、キング・オブ・自主映画なんでしょう。

 

とにかくスクリーンの上は、休む暇がないほど、ずっと一瞬即発と暴走の繰り返し。

こんなテンションを高く保つ映画はなかなかありません。

ストーリー、絵作り、役者の演技、演出といった映画の総合点では明らかに未完成品です。

でも製作者のハイテンションな映像を見せつけるという目的は100%達成されているという意味では完成品です。

 

好き嫌いがハッキリと分かれる映画だし、正直、僕も好きか嫌いか問われれば、自分が好きな映画ではありません。

でも忘れられずに、あのパワーにまた触れたくなる、そんな麻薬のような映画です。

麻薬のような映画でなく、映画のような麻薬なのかも

 

この映画は<見る>、というよりは<体験する>ものかもしれません。

 

さて、自主映画的、といっても出演者は豪華です。

泉谷しげるさんや、麿赤児さん、上田馬之助さん、ミュージシャン時代の陣内孝則さん、日本パンクの代表格スターリンのメンバーが出ていますが、みなさん、自主映画のような、マイナーワールドに理解のある人たちばかりです。

 

主役は映画の中に登場する架空のロックバンド「バトルロッカーズ」のリードボーカル/リーダー。

バンド名があまりにも中二病。いや、今の中二病なら、恥ずかしくて付けないかも。これって意図的なんでしょうか?)

 

そのバトルロッカーズのリーダーを演じてるのが陣内孝則さん。

最近ではちょっとお笑いの入った人の好さそうなおじさんを演じる役者さんになってますが、当時は福岡出身のザ・ロッカーズというバンドのリードボーカルで、この映画が俳優デビュー作です。

さすがに演技はちょっと・・・って感じはしますが、役の雰囲気は十分に表現していました。

 

泉谷しげるさんのヤクザも似合ってましたね。

スターリンの皆さんは、噂に聞いてた通りなので、あれが地なんでしょうか?

 

バトルロッカーズが歌う主題歌「セルナンバー 8 (第8病棟)」もカルト的な人気を誇ります。

めっちゃカッコイイ曲です。

セルナンバー 8 (第8病棟)

セルナンバー 8 (第8病棟)

  • provided courtesy of iTunes

 

陣内孝則さんが55才の時(2012年)にライブで「セルナンバー8」を演奏している映像を見ましたが、観客の盛り上がりといい、かなり熱いものがあります。

 


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きっとまた何年かしたら見ちゃうんだろうなぁ、と、今回も思いました。

その前に「狂い咲きサンダーロード」を見直したいです。

こちらは大井武蔵館で見たきりなので、是非近いうちに・・・

 

DVDは廉価版はないですが、そこそこの値段で購入することが出来ます。

 

【天国の日々】繊細な人間関係が描かれる、短くも美しい映画。

すごくいい映画だっていうのは、ずっと前なら知ってたけど、なんとなく避けてた、そんな映画の一本が天国の日々(1978製作/1983日本公開)。

 

寡作の名監督テレンス・マリックのデビュー作です。

特に彼の「シン・レッド・ライン」(1998)を見てから、この作品は気になってたんですが、メロドラマというイメージがあってなかなか手付かずでした。

 

しかし先日、名映画音楽家エンニオ・モリコーネのドキュメンタリー「モリコーネ、映画が恋した音楽家」(2021)に出てきたこの映画のワンシーンが印象的で、どうしても見たくなって、遂に見ました!

 

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(あらすじ)

20世紀初頭のアメリカ。農業の季節労働者として各地を渡り歩く主人公ビルと、恋人のアビー、そしてビルの妹リンダ。テキサスの農場に収穫の手伝い労働者としてやってきた3人。ビルは「家族という方が都合がいい」という理由で、アビーを妹だと偽る。

しかし病弱の農場主がアビーを見初め、収穫が終わる頃にアビーに求婚をする。農場主がこの先長くないと見込んだビルは、彼の財産を狙うためアビーを説得し、結婚させる。だが農場主はビルとアビーは兄妹ではなく、恋人同士ではないかと疑い始める・・・


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本当に見て良かったです。

メロドラマというほど、重くはなく、かと言って深みはしっかりあります。

シンプルなプロットを、凝った映像、必要最低限の登場人物、各人物像の掘り下げで飽きることなく見せてくれました。

上映時間は1時間半と短めですが、濃密な作品です。

 

語り部は、主人公の妹リンダ。彼女が回想する形でナレーションを入れてきます。

ちょっと「マッドマックス2」(1981)っぽいです。

(連想する映画が間違っている気もしますが)

 

主要登場人物は主人公のビル、その恋人アビー、若き農場主のチャック、語り部の妹リンダ。

 

無鉄砲だけど、複雑な内面を持つ主人公を、有名になる前の若きリチャード・ギアが好演してます。

というか、あまりにもピッタリ。

財産目的で恋人に偽りの結婚をさせたものの、ずる賢くなり切れず、恋人が農場主に揺れていくのに気づいて、静かに身を引く男がハマってました。

欲に取りつかれて、農場主を殺してしまわずに、欲を諦めて、自分から去っていくところがいいですね。

(でも、結果的には最後は殺しちゃうんですねど)

 

また若き農場主を演じたサム・シェパードがいいです。

僕にとってサム・シェパードは、有名な戯曲作家で、「パリ・テキサス」(1984)等の映画脚本家で、渋くてカッコイイ俳優なんです。

特に彼が「ライトスタッフ」(1983)で演じた、不屈のテストパイロット、チャック・イエーガーは最高です。

でも、ここでは純粋で繊細な農園主を演じてます。

こんな役もやってたんだ、それも自然に演じられるんだ、と新たな発見でした。

どうやらこの映画がスクリーンデビュー1~2本目だったみたいです。

 

しかし何よりもこの映画で気に入ったのは、二人の男性に愛されるヒロインを演じるブルック・アダムス

黒髪で、たれ目でアヒル口は、最初は「レイダース・失われた聖櫃」(1981)のカレン・アレンかと思いました。

正直、見た目はすごくかわいいわけではないんです。

でもその立ち居振る舞いが、とても魅力的なんです。

こりゃ、確かに二人が好きになるのも分かります。

(ついでに僕も)

最近までちょこちょこ映画やTVに出ているようですが、目立つような映画がないのが残念。

 

少人数劇の上、主演の3人の絶妙なキャスティングが、この映画の成功の50%は担ってると思いました。

 

話的にはちょっと重めな印象を持ちますが、話を繋いでいく一つ一つのエピソードが意外とあっさり終わっていくので、こってりとした重さはありません。

寧ろ、「もうちょっとひっぱってもいいかな?」と思うところもあるぐらいです。

でもその淡々としたところが、映画の叙情性を高めていた気がします。

 

しかし、その分、終盤のイナゴの大群が襲来するシーンは、かなり印象的なアクセントになってました。

まさにクライマックスという盛り上がりです。

イナゴを転換点に、それまでちょっとゆったりと、静かに進んでいた物語が、一気に畳み込むように終焉に向かう展開は上手いの一言。

 

見終わった後は、「いい映画を見た」という気持ちになりました。

 

ただし残念な点も。

それは今回の目的だった音楽。

実は音楽のないシーンが多く、意外とモリコーネの音楽は耳に残りませんでした。

 

余談ですけど、この映画と同じ頃にマイケル・チミノ監督が撮った大作「天国の門」(1980)があります。

「ディアハンター」(1978)で各映画賞を総なめした後、ノリの乗って作った超大作。

予算オーバーしなくりで、結果は惨敗。

制作会社は傾き、身売りせざるを得なくなりました。

ただ切ないBGMが印象的で、とても繊細な映画で、個人的にはとっても好きだったんです。

全く関係ないけど、その映画とこの「天国の日々」が何故か連想されちゃうんですよ。タイトルが似てることもあるんでしょうけど、同時期に作られた抒情性の高い映画ってことだからかもしれません・・・

 

天国の日々」のDVDはお手頃に入手出来ます。

【2300年未来への旅】チープなSFマインドで作られた70年代量産型ディストピア映画

70年代って、やたらSFやホラー映画が公開されてた印象があります。

(90%がB級かC級でしたけど)

 

僕の通っていた小学校の掲示板に、何故か時々映画のチラシが貼ってあったんです。

それも意外に教育的な映画じゃなく、娯楽作品が多かったんですよ。その上、たまに「職員室に入場割引券あります」って書いてあった気がします。

きっと地元の映画館が、集客のために子供が好きそうな映画のチラシを貼らせてもらってたんでしょうね。

おおらかな時代でした。

 

そんな掲示板に貼られてた映画の一つが2300年未来への旅(1976年製作/1977年日本公開)

凄い邦題ですよね。

子供の目にも、完全に名作「2001年宇宙の旅」(1968)の模倣がバレバレ。

SF映画好きな子供は全員、間違いなく「そりゃないよ」と思ったはずです。

ちなみに原題は「ローガンの逃亡」。全然違います。

この時点でB級の臭いがプンプンします。

そんなバッタモノみたいな思い出の映画をレビューします!

 

(あらすじ)

遠い未来、人々はドーム都市で不自由のない生活をしていた。しかし30歳になると「転生」の儀式を受け、処刑→クローンとして赤ん坊からやり直すことを義務付けられていた。そんなドーム都市から逃亡しようとする住人を処刑する<サンドマン>である主人公は、管理コンピュータから密命を受ける・・・


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この映画、公開当時は見ていません。

でも今回見たのは2度目。

実は数年前に一度見たんです。

 

そしてびっくりしました。

何がびっくりしたかっていうと、僅か数年前に見たはずなのなに、何一つ覚えてなかったってこと。

ここまで何も覚えてないのは珍しいです。

こんなに記憶に残らない映画があるのか?というぐらいです。

結論から言うと、一流にも成りきれず、かと言ってカルトになるほど酷くもなく、よくあるシーンとよくある話を寄せ集め、だから記憶に残らなかったようです。

 

管理社会の疑問点を描く、典型的な70年代ディストピア映画。

このブログでも「未来惑星ザルドス」(1974)や「ソイレント・グリーン」(1973)「ローラーボール」(1975)といった同時期に作られたディストピア作品を取り上げてきました。

あ、カルト作の「デスレース2000年」(1975)も忘れちゃいけませんね。

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もうね、それらと比べると、とにかく安易というか、捻りも作家性もありません。

コンピューターに完全管理されたドーム型都市<シティ>で、30歳になったら「転生」(要は処刑され、遺伝子がクローン赤ん坊として引き継がれる)し、若者しかいない世界。

 

主人公はそんな管理社会から逃げ出そうとする住人を処刑する「サンドマン」。

それがコンピューターの秘密指令を受けて行動しているうちに、管理社会に疑問を持って、人間性に目覚めるんですが、これもよくあるパターン。

管理体制側の人間が、その管理体制に疑問を持つようになる展開は前述の「未来惑星ザルドス」や「ソイレントグリーン」「ローラーボール」、ちょっと前は「リベリオン」(2002)と、かなりあります。

 

管理社会描写のお約束として、誰も真剣な恋愛をしないのが当たり前。

映画が製作された70年代の風潮なのか、当時ディストピア映画によく出てくる「異性はやるためだけの相手」。

しかし未来社会って何で女性はすっぽんっぽんみたいな恰好してることが多いんでしょうか?いつも製作者(きっと男性)の理想が入り込んでるんでしょうか?

 

そこで逃亡希望者の女性と偶然出会い、愛というものを知った主人公が、真実に目覚め、本当の自由を求めるという展開もとっても70年代。

ジョージ・ルーカスの「THX1138」(1971)でも、このパターンは見られましたね。

 

この時代の管理社会の描写が似てしまうのは、誰もがジョージ・オーウェルの名作小説「1984」をお手本にするからでしょうか?

 

主人公が受けた秘密指令というのは、逃亡希望者の集団が目指す自由の土地「サンクチュアリ」を探し出すこと。

だけど、そのサンクチュアリがどんな場所か、具体的に説明はなし。

そのうち、仲間を裏切って本気で「サンクチュアリ」を目指す主人公が、仲間のサンドマンに追われるのが中盤の盛り上がりです。

ここはそこそこ面白いんですが、SF風味は少ないです。

 

数少ないSF風味の隠し扉もすぐに開いちゃうし、門番みたいなロボットは作りが雑で、す。

ちなみにロボットは銀のマスクみたいな顔なんですが、隙間から中に入っている人の肌が見えます。

これはちょっとなぁ・・・

 

ロボットを倒して、初めて外に出て、自然に触れる主人公達。

ここからはSFというより、冒険物になってきます。

そして、そんなこんなでたどり着いたのは廃墟となった街。

中に入ると、デカいリンカーン像が!

ここはワシントンだったのか!!!!

 

あ?、これ「猿の惑星」(1968)のパロディ???

 

このあとは昔の人の生活や結婚、家族、子育てはいいぞ、みたいになり、管理社会からみんなを解放するんだ!という展開に。

 

主人公たちが「やっぱり自然のままがいいよなー」と思うのは、「未来惑星ザルドス」を始めとする、ディストピア映画の定番ですね。

 

ラストは<シティ>をぶっ壊して終了。

しかし生活力のない若者たちが、自然の中で生きてけるのだろうか?と余計な心配をしてしまいました。

他のディストピア映画と違って、明確なハッピーエンドというのが目新しいですが、やはりディストピア映画ってやるせない絶望感のある終わり方の方が響きますね。

(これと並ぶ明確なハッピーエンドは「デスレース2000年ぐらいでしょうか)

 

あらすじも平凡で、唸らされるようなところはないし、SF的な発想やガジェットもチープ。

全体がどこかから借りてきたような印象です。

はっきり言えば、「今、ディストピア映画が流行ってるんだろ?」的な動機で作られたとしか思えないような映画です。

 

爽やか青年マイケル・ヨークが主人公を演じてるというのもあるんですが、主人公が悩んだり、矛盾に苦悩したり、といったダークな面が表現されません。

これはディストピア映画としては痛い。

肝である絶望感が全く出てないです。

 

まぁ、言い換えれば、そもそもディストピア映画ではなく、ただのお気楽極楽SF映画だと思えば、適材適所だったのかもしれません。

 

そう言えばちょい役でファラ・フォーセットが出てきます。

TV版「チャーリーズ・エンジェル」(1976~1981)世代はおおお、ってなりますね。

この映画の公開年月(1976年6月)から考えると、彼女が「チャーリーズ・エンジェル」で売れる前に出演したんでしょう。

 

ちなみにこの映画、視覚効果(特撮)で、アカデミー特別業績賞を受賞してます。

でもね、その特撮もミニチュアとマットアート(背景の絵)が中心で、古臭いチープさ。

同時代にはもっと水準の高い特撮もあったはずなんですけどね・・・

繰り返しなりますが、中の人がチラチラ見えるようなロボットが出てるんですよ。それで受賞はないでしょ????

 

更にSF映画/TVのアカデミー賞である「サターン賞」をSF映画賞を含む6部門も受賞してます。

その年はSF映画が不作だったのか?と思って調べたところ、「デスレース2000年」「未来世界」「地球に落ちて来た男」があるじゃないですか。

(カルト作「地球に落ちて来た男」はイギリス映画だから対象外なのかな?)

 

もっと驚くのは、アメリカでTVシリーズ化され、数年前にはリメイクの話も出ていました。

僕の見る目が間違ってるんでしょうか???

とっても心配になる映画でした。

 

Blu-rayはお手軽な値段で手に入るようです。

 

【ドクター・モローの島(1977)】発想の転換を実感。でもラストシーンはあれ?

70年代のB級SFで、何故か記憶に残ってるのがドクター・モローの島(1977製作/1978日本公開)

原作はH.G.ウェルズの古典SF「モロー博士の島」(1896)。

今までに3回映画化されてます。最初が「獣人島」(1933)、二回目がこの映画で、三回目は「D.N.A./ドクター・モローの島」(1996)。

 

この映画は公開当時、岐阜の自由劇場という映画館で見ました。

記憶に残ってるっていうクセに、いつものことながらあまり記憶にないんですよね・・・

記憶にあるのはラストシーンだけ。

そんな人気原作(?)の映画化をレビューします。

 

(あらすじ)

20世紀初頭、難破した船から救命ボートで脱出した主人公は、ある孤島に流れ着く。そこでモロー博士という人物に命を救われる。この島にはモロー博士、彼の養女である若い女性、元傭兵という男、そして不気味な下僕しかいないと言われる。彼は晩餐の後、好奇心からモロー博士の書斎に入り、そこで彼が行っている実験を知ってしまう・・・


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岐阜での初公開時は勿論、二本立て。

併映は「続・恐竜の島」(1977)でした。

「続・恐竜の島」もエドガー・ライス・バローズの古典SF「時に忘れられた人々」(1971)です。

同時上映が「続・恐竜の島」っていうのは、明らかに子供狙いっぽい組み合わせです。

 

さて、映画はミステリアスな雰囲気で始まり、すぐに核心をつく展開に。

下僕は明らかに人間じゃない雰囲気を醸し出してるので、半獣半人がテーマなのは予想出来るんですよ。

でも普通、半獣半人と言えば、人間に動物の要素を加えるのが普通じゃないですか。

 

「人間にはない能力をお前に与えてやる。お前は人を超える新たな人類となるのだ!」

 

って、マッドサイエンティストの常套手段ですよね?

ショッカーだってそうしてるし。

 

でもモロー博士は一味違ったんですよ。

 

「私は動物を人間にする実験を行っている」

 

これ、結構衝撃です。

コペルニクス的発想?

 

「お前らは人間なのだ。人間らしくしろ。」と獣人たちを教育するモロー博士。

獣人の中に学級員みたいな獣人がいて、動物に戻る欲望に駆られると、「私たちは人間。人間は手をついて歩かない。人間は他人を傷つけない」と唱えてるんですよ。

 

これ、宗教ですね。

 

ドクター・モローの島 パンフレット表紙

 

物語の大半は、

「人間になりたい獣人たち」

「獣の本能で生きたい獣人たち」

「厳しく接することで獣人を人間にしたいモロー博士」

「モロー博士の実験には共感できないけど、かと言って獣人にも肩入れ出来ない主人公」

の4者の思惑が絡んで、破局に向かっていきます。

 

そもそもモロー博士って鞭を使って獣人を人間のように振舞わせるんですよ。

ってか、それって獣人をケダモノ扱いしてますよね???

完全に動物に芸を仕込むサーカスの団長です。

(本人は否定するだろうけど)

 

そんな自己矛盾をはらんだビミョーなバランスの島で、ちょっと正義感を振りかざすような、振りかざさないような主人公が引っ掻き回す(?)ことで、バランスが崩れます。

やがてモロー博士が詰め寄る獣人たちに向かって銃をぶっ放して殺すと、「なんだ、人間だって他人を殺すんじゃないか」となり、獣人たちが納得のいかないご様子。

だったらお前も死ねや!とモロー博士を殺します。

まぁ、ケダモノ扱いした報いですね。

 

主人公は救命ボートで、ヒロインを連れて脱出します。

そして遠くに貨物船が見え、「助かったよ!」と喜ぶ主人公。

その声に俯いてたヒロインが笑ってるような、笑ってないような表情で主人公を見るシーンでおしまい。

 

え?

え?

え?

 

エンディングが僕の記憶と違うんですけど。

これは記憶違いか????

 

僕が見たエンディングは、「悪魔の植物人間」(1974)でも使われてた、「助けた思ったヒロインが実は怪物になっていた」だったんです。

 

pagutaro-yokohama55.hatenablog.com

 

俯いたヒロインが顔を上げるまでは一緒なんですが、その顔は目が猫目になり、口に牙が生えつつあるというもの。

要は彼女は豹から作られた獣人だった、ってオチです。

そう言えば彼女は島にいる時は豹をペットにしてるんですよね。意味深。

 

まぁ、好きになった彼女が実は豹でした、って分かった主人公は超ビックリです。

なんたって島にいる時に、ヤッちゃってますから。

俺、豹とやったのかよーーーー。

ショックですよね。

 

さて、この記憶違いは調べてみると、「ヒロインは豹でした」というバッドエンドは日本公開版だけみたいです。

本国(アメリカ)はハッピーエンド版で公開され、DVDも全てハッピーエンド版だとか(怒)

 

ハッピーエンド版は、余韻も味わいもない、ふにゃとした締まりのない映画という印象になります。

途中までB級なりにも、そこそこ飽きない出来だっただけに残念。

あのエンディングがあったからこそ、覚えていた映画なのに。

 

ちなみにバッドエンドは限定のBlu-ray版に収録されている、と書いてある記事があるんですが、AMAZONでは見つかりませんでした。

 

そもそもパンフレットやDVDのジャケットに、女性が豹になっていくネタバレのイラストがあるんですけどね。

これ、どう考えてもバッドエンド前提ですよね?

アメリカ版だとイラストは虚偽広告になるんじゃないんでしょうか。

 

ちなみに最初に主人公がヒロインと2階の彼女の部屋で結ばれるシーンでは、モロー博士が外からその部屋の窓を眺めてるんです。

最初は「11才の時にシンガポールで買って、俺専用に育てた女を取りやがって」と怒ってるのかと思いました。

(モロー博士は主人公に「彼女は11歳の時に、はした金でシンガポールで買った」と説明していた)

 

実は「あー、豹とやっちゃったのかよーー。お気の毒様」と主人公を労わる視線だったのかもしれません。

 

主人公を演じるマイケル・ヨークは、「三銃士」(1973)「四銃士」(1974)で主人公のダルタニアンをピッタリ演じたぐらい、ちょっと無鉄砲で、勢いだけで生きてる爽やか系の若者を得意とした俳優。

この映画のあとぐらいから、人気が落ちましたけど。

 

主人公がモロー博士に監禁されて、「今度は人間を獣にする実験だ」と薬を打たれ、どんどん体中毛に覆われていき、記憶が曖昧になりながらも、織の中で自分の名前や家族や子供の頃の思い出話を独り言のように語り、人間に留まろうとするシーンは見応えがありました。

 

そう言えば最後に救命ボートの上で、獣人化の効果が切れた主人公はケダモノみたいな体毛もなくなり、「良かった、人間に戻れたぞ」と喜ぶんです。

だからこそ、バッドエンドの入れ替わりにヒロインがケダモノ化していくエンディングは鮮烈なんじゃないんでしょうか。

(バンドエンドに未練たらたらの僕)

 

モロー博士を演じるのは名優バート・ランカスター

この人は善人も悪人も高いレベルで演じることが出来るので、モロー博士も期待に沿った怪演ぶりでした。

知的で、礼儀正しく表面の内側に狂気を秘めた感じが良かったですね。

 

ヒロインのバーバラ・カレラは、B級映画の人というイメージ。

この映画では画面には出てきますが、あまり話には絡んできません。

あのバッドエンドがなければ、飾り物と言われても仕方ない存在。

ワイルドで、ちょっと意地悪そうな、エキゾティックな顔だちが印象的なんですが、子供の頃は「この人が魅力的なのか?」と不思議に思ったものです。

でも、今回見直すと魅力的に見えるんですよ。

 

あーあ、俺が大人になったってことかぁ。

 

と、今回も自分の女性観が変わった(レンジが広くなった)ことを実感しました。

 

ちなみにバーバラ・カレラは「ネバーセイ・ネバーアゲイン」(1983)という007映画(大人の事情により007とタイトルが付けられない映画)で、女殺し屋を演じてます。

彼女が追い詰めたジェームス・ボンドに向かって、「今まで会った女の中で、私が一番魅力的だったって、遺言を書きなさいよ」と言う悪女っぷり全開のシーンが印象的でした。

(その後、ジェームス・ボンドのペンに仕込まれたロケット砲でバラバラになって死ぬんですけど)

 

監督はドン・テーラー

「新・猿の惑星」(1971)、「オーメン2/ダミアン」(1978)と、絶対に前作が越えられない続編を、ちょっとやっつけ仕事みたいにやる人というイメージ。

まさにB級監督。

「ファイナル・カウントダウン」(1980)も監督してるんですが、僕は未見。

この映画が(恥ずかしそうに)好きっていう人を何人か見たことがあるので、是非いつか見たいと思います。

 

DVDは長らく廃盤だったみたいですが、先日キングレコードの「死ぬまでにこれを観ろ」シリーズで廉価版として再販されました。(僕はそれを買ったんですが、バッドエンドが見れないと知ってたら・・・しつこい?)