「戦場のメリークリスマス」(1983)
監督は大島渚さん。
海外での評価が高く、当時は「愛のコリーダ」(1976)でスキャンダラスなイメージがある監督でした。
主演も坂本龍一さん(当時YMO)とデヴィッド・ボウイということでも話題性は十分。
今でもテーマ曲は誰もが知っている有名曲です。
数年前にスカパーで放送された時に録画をしたんですが手付かずで、初公開時に劇場で見て以来、見返していないんです。
戦争映画の体裁を取った同性愛をテーマにした映画ということもあって、ちょっと重い感じがして、敬遠してました。
そんな状態だったんですが、先月、横浜のシネマリンに「ランディ・ローズ」(2022)を見に行った時に、この映画のレストア4K版の上映予告ポスターを見て、「劇場でなら見てみたい」と思い、今回出かけました。
(あらすじ)
インドネシアのジャワ島で捕虜収容所の所長である青年将校の主人公は、裁判に赴いた先で被告である英国人兵士のセリアスに興味を惹かれる。彼はセリアスの死刑判決を覆し、自分の収容所で引き取るのだが・・・
見に行ったのが祝日だったのと、上映期間が2週間ということもあってでしょうけど、場内(102席)はほぼ満員。
人気あるんですね~。
ただのリバイバルではなくて、4Kレストア版ということでパンフレットも新たに作られてました。
ちょっと意味ありげなイラストですね。
ドイツのスコーピオンズというバンドのライブアルバム「蠍団爆発」(原題Tokyo Tapes)の日本版裏ジャケットをちょっと思い出しました。
スコーピオンズの方は、エロっちい暗喩ですけど。
初公開時のパンフレットの表紙もなかなか味があります。
さて映画の話に戻って、前回「戦場のメリークリスマス」を見たのは初公開の時。
僕はまだ高校生でした。
当時は、「つまらなくはないけど、ただ同性愛っぽい映画を見た」という感想しかなかったです。
あと「坂本龍一さんのセリフが棒読みっぽいなぁ」っていうのも印象に残りましたね。
今回40年ぶりに見て思ったのは、「当時の自分では分からないことがいっぱいあった」ということ。
同じ映画を見ているハズなのに、全然違う感想でした。
群像劇の形を取ってはいますが、やはり主軸は坂本龍一さん演じる捕虜収容所の所長とデヴィッド・ボウイの英国兵士やり取り。
裁判所で英国兵士に「一目惚れ」をしてしまった所長。
「お前が取り調べて酷い目にあったという証拠はあるのか?」と尋ねると、英国兵士がおもむろに服を脱いで痣のある上半身を見せると、「もういい。質問は以上だ」と焦ってる所長は、好きな女の子のかわいい姿を直視出来ない高校生そっくり。
40年前は、そんなことは全然分かりませんでした。
そして英国兵士が自分の収容所に来た途端、早朝から気合の入った稽古を始める所長。
収容所内に彼の声が響き渡ります。
これ、最初に見た時は「自分の独断で英国兵士を迎え入れたから、自分に気合を入れてるのかな」としか思いませんでした。
でもこれって「好きな女の子が近くに来たら、急に気合を入れて素振りを始める野球部員」と同じですよね?
かっこいいところを見せて、気を惹きたい、ってやつですよね?
英国兵士の気をうまく惹けないと、直接彼の当たるのではなく周りに八つ当たりする。
つまり若き所長の中に初々しい高校生がいる、ってことです。
当時リアル高校生だった僕は全く気づきませんでした。
これもいろんな経験をしてオヤジになったからこそ、高校生の時ってそういう気持ち「あるある」だよね、って思えるようになったんでしょうね。
クライマックスはデヴィッド・ボウイ(英国兵士)が坂本龍一さん(所長)の頬にキスをする有名なシーン。
英国兵士のことを始め、何事も思い通りにいかないことに苛立ち、八つ当たりのように捕虜たちに無理強いをする所長に、英国兵士は歩み寄ってキスをします。
そして所長は卒倒。
これは英国兵士からの愛情表現ではなく、軍規と自分への愛に狂った所長を諫めるためのものだったんですね。
「お前の気持ちは分かったから、もうこれで大人しくしてくれ」ということなんでしょう。
相手の気持ちを受け入れたのではなく、寧ろ突き放したキスに見えました。
他の登場人物にも大好きな上司(坂本龍一さん)の心を乱す英国兵士を殺そうとする若い兵士とか、日本兵に犯されたと訴えたオランダ人捕虜が、加害者の日本兵が切腹すると、その場で舌を噛み切って自殺して、相思相愛だったことが分かるとか。
当時の高校生に、この映画の登場人物の心情を読み取るのは無理です。
(まぁ、捕虜収容所を舞台にした、学園恋愛モノと言えなくもないですけど)
でも、ただの「男同士の恋愛映画」に終わらないのは、やはり戦争という究極の境遇にあること。
この映画は「戦争映画」と言いながら、一切戦闘シーンが出てきませんが、登場人物の心理には常に戦争という影が落ちています。
主人公は日本兵の模範でなきゃいけない、軍の規律を守らなきゃいけない、自分は収容所の所長であり、相手は捕虜、という足かせがあるから、愛情を持ちつつ、抑えなければならないという葛藤があったのでしょう。
(本人は隠しているつもりだけど、周りにはバレバレでしたが)
またもう一つの関係として出てくるのがビートたけしさんの軍曹と捕虜のローレンスの関係。
ビートたけしさんが扮するのは、収容所の現場を預かる粗暴な軍曹。常に他の捕虜を仕切るために日本語が話せるローレンスとやりとりをします。
この軍曹も古い日本の慣習や考え方、日本軍の文化に囚われていて、捕虜であるローレンスを粗暴に扱いながらも、何でも彼に相談する。
そして軍曹は、クリスマスの夜に、冤罪で死刑になるはずのローレンスと英国兵士を、独断で無罪放免する。
所長には「独断はすみませんでした。どんな罰でも受けます」と説明するんですが、自分が罰を受ける覚悟で「友達であるローレンス」を解放したことが分かるんですね。
軍曹の内側にある友情が垣間見れる印象的なシーンでした。
この映画には「戦争という状況下では、人はここまでしても分かり合えないものなのか」という絶望感が漂うんですが、それが救われたのがラストシーン。
戦後のクリスマスの夜。
戦争犯罪人として明日処刑される軍曹の元に、ローレンスが訪ねてきます。
もはや戦争中の横暴さはなく、静か、紳士的に覚えた英語で語る軍曹。
二人で彼を解放したクリスマスの夜の話をします。
帰り際にローレンスが「神の御加護を」って言うんですよ。
このシーンで、ローレンスが涙ぐんでるんです。
最初に見た時には気づきませんでした。
ローレンスも軍曹に友情を感じてたんですね。
それに応えるように、軍曹はドアを出ようとする彼に「ローレンス!」と、昔のような粗野な言い方で彼を呼び止めます。
「メリークリスマス、ミスターローレンス」
ワザと粗野に呼び捨てることで、あの時から友情は変わっていない、ということの暗喩なんでしょうね。
この映画の中で唯一の「分かり合えていた関係」であることが分かる瞬間に、不覚にも胸が詰まりました。
出演者の中で、坂本龍一さんは雰囲気ありきの抜擢でしょう。
演技がプロレベルではないのはご愛敬ですが、独特の存在感は捨てがたいものがありました。
デヴィッド・ボウイは相変わらずの上手さです。
ただし彼が70年代に持っていた中性的な妖艶さはなく、ただただかっこいい存在です。
彼の妖艶さは「ハンガー」(1983)で垣間見ることが出来ます。
pagutaro-yokohama55.hatenablog.com
これは彼がなまじ中性的な妖艶さを出しちゃうと、ただの同性愛映画になっちゃうので、これはこれで良かったと思います。
彼の演じる英国兵士は、登場人物の中で唯一冷静な役柄のせいか、クライマックスのキスシーンまでは、所長の心を惑わす存在ではあったものの、話の中心になることは少なかったです。
そして何よりもビートたけしさん。
粗野な軍曹でありながら、捕虜のローレンスに友情を感じる役柄を見事に演じてました。
彼の十八番である、本気とも冗談ともつかぬ表情が最高です。
本人は「下手くそだった」と言ってるようですが、この役は彼じゃなきゃいけなかったと思います。
この映画で一番印象に残ったのは、彼が演じる軍曹であり、彼が登場するシーンでした。
この映画を盛り上げたのが、坂本龍一さんの音楽であるのは言うまでもありません。
有名なテーマ曲は勿論のことですが、どの曲も本当に効果的且つ幻想的です。
あのテーマ曲が好きな人には、是非サントラを全部聴いて欲しいです。
とにかく心に残る映画でした。
確かに同性愛を扱っていますが、それは映画の一部でしかなく、戦争という特殊な状況下での愛情や友情、文化や主義の摩擦がテーマ。
見終わった後、高校生の時には分からなかったこの映画の深みと本質をヒシヒシと感じました。
もし見直さなければ、この映画の良さを分からずに終わったところでした。
映画館で告知ポスターを見たという偶然に感謝です。
PRIME VIDEOで見ることはできますが、レストア前のバージョンなので画質はイマイチ(フィルムの傷もある)
Blu-rayは出ていますが、そこそこいい値段します。
今回見た4Kレストア版が出たら、買っちゃうかもしれません。