パグ太郎の<昭和の妖しい映画目撃者>

昭和の映画目撃談&時々その他いろいろ

【さよならジュピター】心意気は買うが、謎のゆるい展開が映画をダメに

10代に「スターウォーズ」(1977)から始まるSFブームの洗礼を受けた世代にとって、ちょっと甘酸っぱい思い出がある映画。

それがさよならジュピター1984

 

日本初の本格ハードSFという謳い文句で、製作段階から日本SF界のお歴々が名を連ねていました。

 

原作&脚本&政策と旗振りをしたのは日本のハードSFの雄、小松左京先生。

 

特撮もモーションコントロールカメラの導入等、欧米に引けをとらないビジュアルが期待されました。

 

勿論、公開してすぐに劇場に足を運んだのは言うまでもありません・・・

 

(あらすじ)

人類はエネルギー危機を解消するため、木星を第二の太陽とする「木星太陽化計画」を進めていた。同じ頃、火星の氷に下から謎の地上絵が発見され、その鍵は木星の大気の中にあることが分かる。木星太陽化に反対する過激な環境保護団体「ジュピター教団」は、木星の衛星軌道を回る「木星太陽化計画」の最前線基地・ミネルヴァに破壊工作グループを送り込むが、失敗する。

その後、小型のブラックホールが太陽へ衝突するコースで接近しているこが分かり、急遽、人類滅亡を回避するため木星太陽化計画を木星爆破計画に変更。爆発の力でブラックホールの進路を変えようとするのだが・・・


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さよならジュピター パンフレット表紙

 

封切で見に行った映画館は岐阜のロイヤル劇場だったと思います。

当時の劇場が閉館・建て替えされる中で、今でも名画上映館として現役です。

 

ロイヤル劇場入り口(2021)

 

さよならジュピター」は併映なしの単独上映。

これは地元の興行会社が「大作」扱いをしていることの現れです。

 

そして、期待を胸に劇場に入りました。

 

そして、出来た時は・・・

 

モヤモヤ、ガッカリ。

 

当時は徹頭徹尾のSF小僧だった僕。

事前情報で期待値はMAX。

 

が、スクリーンで見たものは、期待していたものとは程遠い作品でした。

 

それから36年間、個人封印。

っていうか、1ミリも見直す気になりませんでした

 

しかし、ここは昭和の妖しい映画伝道師として避けては通れないので、封印を解きました。

 

でm今回見直した感想は、

 

「モヤモヤ、ガッカリ度」は昔ほどじゃないけど、やっぱり「モヤモヤ、ガッカリ」

 

ってところです。

 

「あらすじ」を見ての通り、主軸は木星爆破。

そこに「木星太陽化」「謎の宇宙文明」「飛来する小型ブラックホール」とSFファンがワクワクするネタがあり、更には過激な環境保護団体「ジュピター教団」や主人公と恋人の関係が絡んできます。

 

正直に書きます。

 

テンコ盛り過ぎて、どれも深堀が出来てません。

 

特に「謎の宇宙文明」については、相当に消化不良。

2001年宇宙の旅」(1968)の人類の進化を促すモノリス的な存在だと思うんですが、遂に何のか良く分からず。

木星が爆発する直前に、木星の大気の中を泳ぐ巨大なクジラ(?)「ジュピターゴースト」って何だったんでしょうか?

2001年宇宙の旅」のモノリスより理解不可能です。

 

何よりもイメージが悪いのは、木星爆破計画の責任者である主人公と、環境団体に入ってテロ活動を行う元恋人の関係。

 

環境団体のテロ集団がミネルヴァ基地に潜入するも、すぐに全員捕まるんですよ。

主人公が尋問に行くと、その中に元恋人を発見。

「何をしてるんだ!」

と彼女の手を引っ張ってどこに行くかと思ったら、自分の部屋に連れ込んでイチャイチャ

 

え?

 

え?

 

え?

 

もうこの展開で目が点になりました。

 

相手はテロリストやぞ・・・

 

この時点でさよならジュピター」がハードSFという自分の考えは間違っていたと悟りました。

 

そしてこのイチャイチャ展開、一事が万事でした。

 

それ以降の人間ドラマも推して知るべし。

 

登場人物はどれも深みなし。

教科書みたいな、ステレオタイプのキャラのオンパレード。

そんな彼らのドラマは全て古臭いステレオタイプの展開。

死亡フラグもめっちゃ分かり易い(笑)

果てには(日本映画が好きな)変な精神論まで出てくる始末。

 

これをSFと呼んでいいのか?とさえ思いました。

 

そしてほとんどの人間ドラマが、木星爆破にあまり絡んでない、どうでもいいような話話ばかり。

地球レベルの危機なのに、画面からが緊迫感が全く伝わってきません。

 

ハードでリアルなのは設定だけで、ドラマとしては全然ハードでもリアルでもありません。

 

話の深みや構成力は昭和40年代のB級特撮映画のレベル。

この映画以前の日本特撮映画には「海底軍艦」(1963)、「マタンゴ」(1963)、「世界大戦争」(1961)等、上質なドラマを持った作品がいっぱいあります。

だから日本映画だから仕方ない、ではないんです。

 

SF映画で個人の恋愛を描くのが悪いのではありません。

 

同じ小松左京先生原作&東宝製作の「日本沈没」(1973)は「日本が沈没する、国民をどうするか」という骨太な政治ドラマと、主人公と恋人を軸とした未曾有湯の危機の中で悩む市井の人々のドラマが平行して描かれ、その対比が素晴らしかったです。

 

脚本のクォリティーは、明らかに「日本沈没」から退化してました。

 

さよならジュピター」には、企画段階から当時の錚々たるSF作家やSF関係者がアイディア出しに協力してるんですよ。

それでこれはないでしょう。

 

あと昔から、このイチャイチャシーンでもう一つ気になったことがあるんです。

 

ミネルヴァ基地に潜入するテロ集団は、元軍人みたいなプロ集団じゃなくて、すぶのド素人の民間人集団

 

そんな素人が、木星の世界的プロジェクトの最前線基地に行く宇宙船に、簡単にホイホイと武器を持って乗り込むことが出来るのっておかしくないですか?

 

ちなみにクライマックスでも、もう一度、素人テロリストが基地に侵入するんですが、「冒頭で侵入されてるのに、また警備ユルユル?!」と突っ込んでしまいました。

 

ストーリー上、テロリストが侵入するっていうのは必要だったんでしょうが、ここまでリアリティのカケラもないのはどうなんでしょう?

せめて木星太陽化プロジェクト内部に隠れ信者がいて、彼が手引きするぐらいのリアリティを持たせるべきでした。

 

反対に公開当時は「何でハードSFに、こんなカルト集団が出てくるの? リアリティないなー」とガッカリしたのに、今回見直して意外にアリかも、と思ったのが環境団体の存在。

 

教祖は頭の中お花畑みたいなオッサンで、海辺でギター片手に愛の歌を唄ってるだけで、全然過激じゃない。

テロを繰り返しているのは、教祖に気に入られたい取り巻き連中。

 

だが、しかし!

 

あれから40年近くたった今見ると、これリアルなんですよね。

 

国際レベルで発言力と支持が拡大している環境団体。

人間よりも環境保護優先を強行する主張。

教祖の周りに、勝手に意を汲んでテロに走る幹部信者。

 

現実に思い当たるフシがありません?

 

小松左京先生、とっても先見の明があったってことでしょうか。

 

主演の三浦友和さんの演技は、今見ると悪くないです。

しかし他の出演者外国人俳優を含めイマサン。

セリフをしゃべってるだけみたいな人や、役柄に対して「あるある」みたいなお決まりの演技しか出来ない人が多すぎます。

はっきり言えば、魅力的なキャラを演じられてる人が皆無ってこと。

ほとんどの登場人物が見終わった後に、忘れられてしまうレベル。

 

森繁久彌の地球連邦大統領なんて、ネームバリューだけの出演がミエミエ。

地球の危機なのに、緊迫感ゼロ。

こういうパニック映画の大物役って丹波哲郎さんのようなハッタリが必要なのに・・・

 

そして、この映画で語らなければいけないのが前宣伝から力がこもってた特撮

欧米に負けない特撮レベルを目指した、ということでかなり期待していたのに、劇場で見た時はガッカリしたんです。

 

しかし今回、印象が変わりました。

 

確かに当時の欧米SFより劣っています。

 

でも、アングルや、見せ方が明らかに昭和の特撮から脱却しようという工夫がいたるところにありました。

 

「巨大なものを、ちゃんと巨大に見せたい」

 

そんな気持ちがヒシヒシと伝わってきます。

 

勿論、残念なシーンや昭和の特撮から脱却出来ていないシーンもあり、全体的には道半ばというところです。

でもこの映画の(欧米SFの絵作りに)「追いつけ、追い越せ」精神が平成ガメラシリーズ、そして「シン・ゴジラ」(2016)、「シン・ウルトラマン」(2022)に繋がっていったに違いありません。

 

率直に特撮の出来としては65点ですが、価値のある65点だと僕は思います。

 

ガンヘッド」(1989)の特撮とは全然違います。

 

pagutaro-yokohama55.hatenablog.com

 

ちなみにメカデザインはスタジオぬえ宮武一貴さん。

さすがハードSFデザインの巨匠だけあって、改めて見てもカッコイイですね。

設定資料集が欲しいです。

(そんな本ないんですよね~)

 

結論として、設定は悪くないし、特撮は欧米に負けないSFを作ろうという意気込みをヒシヒシと感じました。

 

ただ作る側が設定&ビジュアルを充実させることに満足してしまって、そこで力尽きたのか、又は充実した設定&ビジュアルさえあれば映画化は成功したも同然という過信があったんじゃないでしょーかねー。(遠い目)

 

敗因は、リアルとリアリティを取り違えていること。

ハードSF映画に必要なのはリアルではなく、リアリティ。

観客が「本物っぽい」(リアリティ)を感じることが大切。

例えリアル(事実)でも、観客がリアリティを感じなければ意味ないんです。

(ヒットした医療ドラマが医療関係者から見ると嘘や間違いだらけ、っていうのと似てるかもしれませんね)

 

設定にはリアリティがあったのですが、ドラマの部分にもリアリティがなさ過ぎました。(主人公と恋人の関係もリアリティなし)

 

そこは「日本沈没」や「復活の日」(1980)を見習って欲しかったです。

あ、「復活の日」も小松左京先生が原作でした。

 

劇場で見る前の大きな期待と、見終わった時のほろ苦い気持ちが忘れられません。

さよならジュピター」は、当時のSF小僧にとってちょっと甘酸っぱい思い出なんじゃないでしょうか。

 

最後にエンディングにユーミンの主題歌「VOYAGER」が流れます。

いい曲ですし、歌詞も「さよならジュピター」を意識しているんじゃないんでしょうか。

ただ、ハードSFを目指した映画には、曲調がちょっとミスマッチな気がします。

 

VOYAGER ~ 日付のない墓標

VOYAGER ~ 日付のない墓標

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この映画はPrime VideoとNetflixのサブスクにはありませんでしたが、U-Nextにはあったので、そちらで鑑賞しました。

また新品のDVDは手に入るようです。