70年代の大スター、アル・パチーノ。
80年代以降も定期的に出演して、比較的質の高い映画に出続けてます。
そんな彼の人気絶頂期の一本が、この「狼たちの午後」(1975製作/1976日本公開)
原題は「犬の日の午後」。これは猛夏の昼下がりってことです。
犬が舌を出してハァハァしているからって聞いたことがあります。
邦題で犬から狼へと格上げ(?)になった、この映画をレビューします。
(あらすじ)
ニューヨークの真夏日の午後、二人組の強盗が銀行に押し入る。しかし手際が悪い彼らは通報され、警察に取り囲まれてしまう。しかし時間が連れて、人質となった銀行員と犯人の間に奇妙な絆が生まれ、民衆は彼を反権力の英雄として祭り上げていく・・・
まるで舞台劇を見ているような映画でした。
っていうか、舞台劇の映画化?って思ったぐらいです。
話の大半が、密室とも言える主人公が立て籠った銀行の中で展開されてるからです。
屋外のシーンは、とって付けたような感じさえあります。
舞台が一か所だけなんて、舞台っぽいでしょ?
実はライフ誌に投稿された実際の銀行強盗の話を下敷きにしたオリジナル脚本だそうです。
主人公が強盗っていうと、ピカレスクロマン(悪漢小説)を思い浮かべますよね。
でも、これは違うんです。
主人公はちょっと小心者で、実は根はお人好し。
日頃は家族の尻に敷かれているような、冴えない男です。
強盗の途中で仲間の一人が逃げちゃったり、計画も緩々な感じ。
そんな手際の悪い主人公は、予定外に銀行に立て籠ることになるんですが、口では威勢のいいことを言いながらも、根は悪くない、普通の男だってことが人質に分かっちゃうんですね。
それで人質達も逃げ出さなくなるどころか、協力的になってくるという、一種のストックホルムシンドローム的なお話。
更に世間が何の根拠もなく、彼を反権力の象徴に祭り上げていく。
野次馬が銀行の周りに集まり、警察にブーイングをし、彼に声援を送る。
そういう奇妙な状況を描く映画なんです。
前半は人質とも程よい関係が取れ、世間に持ち上げられて、図に乗ってく主人公が描かれます。
俺はBigになった!みたいに野次馬を煽ったりし、警察を挑発します。
でも後半になると、主人公が家では家族の尻に敷かれてる冴えない男で、ゲイの恋人の性転換手術の費用のために強盗したことが分かって、聴衆が冷めていくんですね。
ゲイの恋人がいることで、警察も彼を蔑み、民衆も彼から離れていく。
これ、今なら炎上しちゃいそうです。
こういうところが70年代を実感しますね。
そんなことがあっても、彼の人柄に直接触れてる人質の心は離れていかないんです。
銀行を出る時も、彼は自分の身を守るために人質に自分を囲ませるんです。
でも人質達が自主的に彼を守るように、陣形を崩さないようにしてるんです。そしてみんなが遠足のように、整然と移動用の車に乗り込んでいく。
最後まで不思議な連帯感は崩れません。
ラストは、相棒が撃たれ、自分も銃をつきつけられると、あっさり手を上げて「撃たないでくれ」となります。
結局、主人公はただの小心者だったって露呈して映画は終わります。
主要な登場人物は少ない分、主人公の存在感は大きいです。
彼の一人舞台といっても過言ではありません。
つまりこの映画が面白いか、面白くないかは、ひとえに主人公の出来に掛かってたと思います。
その点からもアル・パチーノのキャスティングは大成功と言えます。
行員からも同情される、人の良い小心者なのに、一時ヒーローに祭り上げられて調子にのって民衆をアジる、複雑な主人公を完璧に演じてました。
また、彼を引き立てる存在があったこともポイントです。
それはジョン・カザール演じる主人公の相棒。
神経質で、すぐに銃を撃とうとする「いつ暴発してもおかしくない相棒」が対比的存在としていることで、主人公の「愛されキャラ」が強調されたと思います。
また事細かく過去や現在のゲイの恋人等が描かれる主人公に対して、過去が出てこず、何を考えてるか分からない不気味さも良かったです。
実は文章にすると、起伏のない、地味な話に見えますが、実際は濃密で飽きることない映画でした。
さすが監督シドニー・ポラック、脚本家フランク・ピアソン、主演のアル・パチーノが揃ったからだと思います。
三人の実力派が、その力を遺憾なく発揮したからこそ完成した映画だと言えます。
「妖しい映画」ではないですが、社会派ドラマや人間ドラマが好き人には見てもらいたい作品でした。
Blu-rayは手軽に入手出来るようです。