パグ太郎の<昭和の妖しい映画目撃者>

昭和の映画目撃談&時々その他いろいろ

【未来惑星ザルドス】70年代ディストピアの一つの到達点

一応、未来世界を描いているのでSF映画ですが、映画マニアの分類は「カルト映画」

それが未来惑星ザルドス(1974)。

SF映画・カルト映画マニアの間では超有名作ですが、僕がこの映画を初めて見たのは、実は一年前でした。

SF映画ファンを自認してるくせに、こんな超有名カルト映画を長らくスルーしてたなんて失格ですね。

その時はレンタルDVDで見たんですがが、「うーん、変わった映画だけど、ちょつと退屈」っていうのが正直な印象でした。

 

それでも今回、劇場上映があると知って、「こんなカルト映画をスクリーンで見る機会は見逃せない!」と、深夜の伊勢佐木町のジャック&ベティという映画館に足を運びました。(夜9時からの一回上映)

 

さて1年前の印象は変わるのでしょうか?

 

(あらすじ)

2293年の地球。文明の失われた地上には<未開人>と言われる人々が住んでいた。そんな彼らを、空から飛来する石像を崇める<殺戮人>という呼ばれる武装集団が殺していた。

<殺戮人>のリーダーである主人公は、彼らに武器を運んでくる石像に密航する。石像が到着したのは、進んだ文明に生きる不老不死の民<永遠人>の街だった・・・


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やっぱり家のパソコンで見るのとは違いますね!

画面に集中し続けられるし、この映画の売りであるビジュアル、「空飛ぶ巨大な頭」も迫力あります。

DVDで見た時より数倍満足感は高く、このカルト映画の醸し出す世界に没入できました。

 

劇場で見て正解でした。

 

監督のジョン・ブアマンは、カルト映画作家に分類されることが多い人ですが、「ホーリーマウンテン」(1979)のアレハンドロ・ホドロフスキーや「ピンク・フラミンゴ」(1972)のジョン・ウォーターズのような、確信犯的カルト作家(思想家)ではなさそうです。

アーサー王伝説を真っ当に映画化した「エクスカリバー」(1981)、閉鎖的な村人に追いかけられる「脱出」(1972)、大ヒット作の続編「エクソシスト2」(1977)など、それなりに一般受けする映画を作ってるつもりなんじゃないかと思います。

ただ残念なことに、それらの映画もカルト扱いされてますが(笑)

 

pagutaro-yokohama55.hatenablog.com

 

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でもカルト扱いされてる割には、どの映画も本人は娯楽作として作ってるので、比較的話は分かりやすいものが多いです。

カルト作によくある「何言ってるか、さっぱり分からん」ということはありません。

それでもカルト臭がするのは、ブアマン監督の視点が、普通の娯楽作とちょっと違てったり、独自のスパイスを加えるからでしょう。

 

未来惑星ザルドス」も筋立て自体は、ディストピアSF物で、そんなに難しくはありません。

でもこの映画はカルトだと思います。(キッパリ)

未来惑星ザルドス ポスター

既にポスターにカルト感が出てますね

(これは宣伝担当者が確信犯なんでしょうけど)

右下に馬に乗って仮面をつけている人がいるので、空飛ぶ石像がいかに巨大か分かります。

 

映画は謎の魔術師の首だけが、暗闇の中で浮遊しながら観客に語り掛けるところからスタート。

既に期待を裏切らないカルト感満載です。

 

果てしなく荒野が広がる世界。

文明のかけらも見られません。

空には謎の石像の頭(ザルドス)が浮遊、っていうビジュアルイメージは強烈。

当時小学生だった僕の心は鷲掴みされたワケです。

 

馬に乗った半裸の武装集団は、裸の上半身にガンベルトをたすき掛けし、メンバーの中には石像と同じ顔の仮面を被っている奴がいます。

彼らはザルドスを神と崇め、ザルドスの口から吐き出される無数の銃と弾丸を手にすると、ザルドスの「銃は善なり」という教えの下、自分たち以外の人間を何の迷いもなく殺戮しまくっています。

 

まさにカルト宗教の世界。

 

未来の地球という設定がなければ、架空世界が舞台のファンタジー物だと思うはず。

(邦題だって「未来惑星」ですから、勘違いしてもおかしくないです)

 

この石像が地上に降りた時、禁を破って中に潜り込むのが武装集団のリーダーである主人公。

石像が辿り着いたのは、見えな壁で外界から遮断された文明化された街で、住人は感情の起伏がなく、テレパシーで意思の疎通をすることも出来る不老不死の人たち。

極度な平等主義と民主主義に徹底されています。

 

そこに異物として野蛮人の主人公が紛れ込むんだけど、住人に捕まっても、何故か反抗しません。

あんなに外で殺戮し放題だった彼が、ナヨナヨした人たちに素直に従うんです。

これ、めっちゃ違和感あるんですよ。

最初は脚本が稚拙だからだと思ったんです。

 

でもこれは伏線でした

(ネタバレでごめんなさい)

 

主人公はただの野蛮人ではなく、知性もあり、この潜入も計画的であり、好奇心だけで、ザルドスに潜り込んだワケではなかったというのが徐々に分かってきます。

 

いい意味で裏切られる展開です。

 

ユートピアの中に、主人公の野性味に惹かれていく人たちが現れ、片や彼を危険視する人たちと対立していき、ユートピアがバランスを失っていきます。

 

実は徐々に主人公が潜入した時に、ユートピアは危うい状態だったことが分かります。

既に感情を完全に失くして、何も出来なくなる無気力病が流行っており、罹患している人はどんどん増えてる。

治療法はないのに不老不死なので、いつまでも無気力のまま生き続けている。

 

そして片や体制に異を唱えたり、人々と同調することを拒否した者は、加齢の刑として老人にされ、街の片隅に追いやられるが、彼らも老いたまま死ぬことが出来ない。

 

限りある命ということも含めて、人間らしさ否定した反動のように見えます。

楽園は、表面張力だけで保っている水が満杯のコップ状態だったんですね。

そこに主人公という最後の一滴が垂れたことで、一気に溢れ出てしまった、ってことです。

 

よくある「この世界は変だ!君たちは騙されてる!こんなのは人間としておかしい」って主人公が正義感を振り回して、人々の目を覚まさせるという安易なものではありません。

主人公にはそんな正義感などなく、ただただ自分の目的のために行動します。

彼の無意識が、ギリギリの保っていたユートピアを自壊させていくのです。

 

そして実は主人公を誘引とするユートピアの自壊は、冒頭の魔術師アーサー・ブラウンが仕組んだこと。

彼はこの物語の狂言回しとして登場するんですが、実は主人公を狂言回しに使った、影の主役だったんですね。

 

またアーサー・ブラウンは、最初は<永遠人>の中で革新的な考えを持った高位の人物として登場しますが、本当の魔術師でした。

このちょっとした仕掛けが、この映画を単なる今の時代から合理的に繋がるディストピアSFではなく、寓話っぽくしてるんでしょう。

 

ラストで無気力病の人たちが、焼け落ちるユートピアの中で感情を取り戻した途端、殺戮人たちに殺されるシーンにはちょっと刹那を感じました。

 

正直、科学の超進歩、生殖が不要、永遠の命、感情のコントロールによる争いのない世界、反動として意欲なし、刑罰は老化、みんなが密かに死を願っている、っていう設定は、いろんな小説や映画で使い回されいて、ユートピアとしては凡庸です。

そんな凡庸なユートピアを中の人間の視点ではなく、外部から来た野蛮人を通した物語にしたところが良かったんじゃないでしょうか。

 

主人公を演じるにはショーン・コネリー

「007/ダイヤモンドは永遠に」(1971)でジェームス・ボンド役は下りたものの、あまりにもボンドのイメージが強すぎて、この映画までの3年間で1本しか映画に出ていませんでした。

そんな行き詰まり状態を打破すべく、ジェームス・ボンドのイメージとかけ離れてるこの映画に出たらしいです。

 

長髪を後ろで束ね、髭を生やして、常にパンツ一枚の外見はかなりワイルドです。

彼以外のジェームス・ボンド役者にはなかなか真似できないでしょう。

その上で、内面ではジェームス・ボンドっぽい、抜け目のない知性を残しているので、「一見粗野だが、実は高い知性を持った男」という役柄にはピッタシでした。

 

ヒロイン役はシャーロット・ランプリング

相変わらず本性を見せない女性を演じさせると、上手いです。

ただちょっと存在感は薄かったですね。

主人公を危険視するだけで、絡みも少ないし。

彼女より、主人公をずっと擁護し続ける女性科学者の方が、ヒロイン的な存在感がありました。

 

主人公とヒロインが、墜落したザルドスの残骸の中で、二人だけで子供を産んで、育て、死んでいくラストシーンは、「新たなアダムとイブ」=世界の再生、という結びでしょうか。

やや安易ではありますが、寓話の終わりとしては悪くないです。

 

文明の行き詰まりと再生の物語としては、極めて個性的だ、70年代ディストピア映画の一つの到達点に至った映画なんじゃないかと思います

広大な自然を背景に、巨大な石像が飛び、緑に囲まれた集落の中で進んでいく物語は、同じ70年代ディストピアの名作「ローラーボール」(1975)や「時計仕掛けのオレンジ」(1971)の<現代文明がそのままドン詰まった世界>とは全く違うものを見せてくれます。

 

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最後になりますが、この映画はクラシックの曲をモチーフとして使ってました。

先述の「ローラーボール」や「時計仕掛けのオレンジ」もクラシックを全面に使っているというのは偶然なんでしょうか。

 

未来惑星ザルドス」は残念ながら現在はDVDもBlu-rayも入手困難なようです。